さよならだけは言いたくない



 ――――そんな日が、続くと思っていたのだけれど。
 なのに、コレはどういうことだろう。どうして僕の荷物が段ボールにまとめられているんだろう。みんなで同じ中学校だね、といっていたはずなのに。唖然としながら、僕は段ボールを見る。僕の、鞄。僕の、本。みんなからもらったプレゼント。大事な学帽に、みんなでとった写真。段ボールをひっくり返そうとして、母親に「何してるの?」と止められる。

「何してるのって、僕の台詞だ!」
「『私の』でしょう? そんなことじゃ、新しい学校じゃいじめられてしまうわ」

 そう笑った母親に、「新しい学校?」と僕は言葉を返す。

「そうよ、新しい学校よ。引っ越すの、この町から」
「冗談じゃないぞ!」

 僕はそういって首を振った。

「僕はここで暮らす! ゼラ達といる!」
「もう決まったことなのよ」
「ふざけないでよ!」
「ふざけてなんかないわ。後は零の荷物を詰め込むだけよ」
「嫌だ! 僕は行かない!」
「どうしたんだ」

 そうトラックから顔を覗かせた父親を睨む。貴方、だなんて声をかけた母親に、父親は僕を見た。

「零、母さんを困らせるんじゃない。ここは治安が悪すぎるんだ。話を聞いただけでぞっとする」
「そんなことない!」
「零、お父さん達をあんまり困らせないでくれ」
「今更父親ぶるなよ! いなかったくせに!」

 そう叫べば、父親は僕を叩く。パン、という乾いた音がして、僕は頬を押さえた。じんじんとする。僕は父親をみる。父親は僕の手をつかんで、車まで引きずる。最後の抵抗と言わんばかりに、僕はその場に座り込んだ。

「――おっさん、なにしてんだよ!」
「タミヤ!」

 騒ぎが聞こえたんだろう。隣の家から出てきたタミヤが僕と父さんを引き離して、僕を背中に回した。大丈夫か、と尋ねたタミヤに何度もうなずく。タミヤはそれを確認して、父親をにらんだ。

「タミヤ ?ああ、お隣の。はじめまして、零の父です」
「零の、お父さん?」

 そう驚いたようにタミヤは僕を見る。僕は顔を背ける。

「なんだよ、変な奴がまたお前に声をかけてんのかと思った」
「ほうら、やっぱり」

 タミヤの言葉に父親は顔をしかめた。

「ここは危ないんだ」
「タミヤがいるし、みんながいる」
「零? 話が見えねえんだけど」

 そう首をかしげたタミヤに、父親が「零は引っ越すんだ」と告げる。タミヤが目を見開いて、僕を見下ろした。

「お前、」
「僕は行かない、みんなといる」

 そうタミヤの袖をつかむ。タミヤはそんな僕を見て、目を見開いて――頭を撫でた。

「行けよ。みんなには俺がうまく言っといてやるから」
「行かない!」
「家族がいること、うらやましがってただろ」
「行かない!」
「大丈夫だって、ゼラも怒んねぇって。な?」

 そう諭すように告げたタミヤに、夢がかぶる。血みどろの、タミヤの夢。みんなが死んでしまう夢。ロボットが完成に近づくにつれてこくなる予感。僕は何度かタミヤにそれを漏らした。タミヤは夢だろ、としかいわなかったけど。

「だって、夢、」
「そんなもん、ただの夢だろ。いくらゼラでもそんなことしねぇって」
「でも、」
「なんなら、お前が帰ってくるまでに俺達の光クラブに戻しといてやるから。もう一生会えないわけじゃないんだし」

 そう諭すように言ったタミヤから緩やかに手を離す。

「大丈夫だって、零。お前はお前なんだから。新しい学校でいじめられたらすぐ俺に言えよ。俺が駆けつけてやるからさ!」
 ――だから、な、安心しろよ。

 タミヤがそう言って笑った。僕はなんとも言えなくて、黙る。父親はそんな僕の手を引いた。車に乗せられて、タミヤを見下ろす。そっと伸ばした手は、タミヤに触れることなくドアに阻まれた。言葉をいくら探しても出てこなくて、タミヤは僕を見上げるだけで。やっと言う言葉が見つかったと同時に車は動き出す。手を振るタミヤが遠く、遠くなっていく。そのときはすぐに会えると思っていたのだ。だから、そのとき言えなかった言葉も、すぐに言えると信じていたのだ。

 ――しかし、実際は。
 それから僕はタミヤに一度も会っていない。いや、いちどだけ。でも、それはタミヤと言っていいのかわからなかった。どれが誰かわからないと大人は言った。でも、僕には誰がタミヤなのかわかった。勘によく似たそれだ。

「――嘘つき、もう二度と会えないじゃないか」

 雨の中、そうつぶやく。僕のヒーローはもういなくなってしまったのだ。





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