憂鬱な歌を君に



 私は少し道筋というものを知っていた。両親ともに勘がいい、といわれるが、そんなことは関係ない。彼らは確かに勘がいい。しかし、父親のそれは調査の結果から基づくそれであるし、母親は人の表情を見抜くことにたけているからだ。わたしにはそれはない。どちらかというと、でたらめだと批判されそうな占い師に近い。しかし、普通の占い師のように不確かな予言というものでもなかった。私は言葉通り、道筋というものを知っているのだ。でたらめだと言われる占い師のように。はっきりと、ではなく、ぼんやりと、だけれども。
 昔からそうだった。眠る前、というより眠りに落ちる瞬間、本を読むようにその物語は頭をよぎる。その物語に「私」という存在はいない。私はただの本を読んでいる人に近い。例えるなら、ネバーエンディング・ストーリーにでてくるバスチアンに近い。世界を眺めるだけの彼と。
 昔はただの夢だと思って気にはしなかった。その夢に幼馴染みと同じ名の青年や、友人が現れても。それがどんなに残虐非道な劇であっても。おじいちゃんが「未来じゃねえか?」だなんてふざけたことを言うことはあったけれど、ただの夢だと思っていたのだ。そして、それを放置した結果が、あの――。
 何でもない、話を変えよう。とりあえず、私は道筋――未来というものがすこしだけわかるのである。ある一定のところまで。不確かではなく、確かなそれで。

 今、この世界は道筋通りに進んでるといえた。なぜなら、中学からの友人の美美子と、美美子を介して知り合った大鷹くん、赤場君は三角関係であるし、その二人は生徒会長戦を控えているからだ。もうじき俳優の野々宮くんまで加わって大きな大きな騒ぎになるのだろう。
 日本屈指のお嬢様高校に通う私たちとは違い、その二人と光明くんは日本屈指の男子校である海帝高校に通っている。海帝高校の生徒会会長になれば総理大臣になる近道だとはまことしやかにささやかれる「事実」だ。実際に、政界には海帝派閥という物が存在しているのである。生徒会には入れるか否か、生徒会会長になれるか否かは彼らにとって今後の人生において大きな分岐点になるのである。だから、海帝ではお祭り騒ぎのように、さながら本物の選挙のように騒ぐのだ。
 ちなみに、大鷹くんは総理大臣など目指してはいないらしい。しかし、周りに持ち上げられた結果というか、彼の人望が招いたからと言うか。しかし、その対となる赤場くんは目指しているわけで。そんな二人の恋の相手が美美子なわけで。
 美美子の言葉に一喜一憂する二人は見ていて飽きない節がある。青春しているな、と思ってしまうのはしかたがない。枯れてるなぁ、とは自分でも思うが、口には出さないでおこう。
 道筋をたどれば、美美子は赤場くんと婚約する。が、道筋を変えられるか否かはわからないが、私は大鷹くんの恋を応援している存在だ。偶々出会ってしまった彼は人なつっこく、するりと狭い私の交友関係に足を踏み込んできた。まぁ、応援していると言っても偶に会っては美美子の好きな物であったり、はまっているものであったりを教えているだけだけども。それでも、大鷹くんは私の言葉に一喜一憂し、クルクルと表情を変えるのである。
 大鷹くんにとって私は美美子ちゃんの友達、回り回って私も彼のトモダチである。赤場くんにとって私はただの「美美子の同級生」だろう。私もそうで、二人――光明くんをあわせて三人――は美美子の友達、回り回って私も友達なのだ。
 そう、ただの、友達だ。
 でも、いつだったかわからないけれど、私の心情に変化があった。しかし、それは「物語の蚊帳の外」にいる私には関係がないのである。いや、関係してはいけないし、なによりこの結ばれた友情とでも言うのか絆とでも言うのか、そういう物を切ってしまうかもしれないそれだ。私はそれが嫌だった。美美子は折角できた友達なのだから。
 まぁ、四人には私の心中は知られてないわけで。大鷹くんは鋭いんだか、鈍いんだか。そう呆れを含んでしまうのは仕方なかった。
 私は、大鷹くんが好きなのだろう。
 好き、とは断言できない。断言してはいけないからだ。でも、楽しそうに話す彼に、そばに寄ってくる彼に、心臓ははねるように高鳴って。これが美美子のことではなく、他のことであればいいのにと思ってしまうのだ。なんて、残酷な思考なんだろうか。
 彼にそうそうと自分の気持ちを告げるという手もある。彼は瞳返事をしてくれるだろうか。怒ってくれれば楽だろう。でも、恐らく彼は優しいから謝るだけだ。「思いを受け止めてやれなくてごめんな」って。拒絶してくれればもっと楽に違いない。「もう関わらないでくれ」とか。しかし、それもないだろう。彼は面倒見がいい。見捨てることをしない人なのだ、彼は。まるで聖母のように一度懐に入れた人物には優しいである。それが逆に残酷な物だとは知らないで。

 ――「お前のそれは、俺を誰かに重ねてるだけだ」って。そう言ってくれれば、私は。

 ふっと浮かんだその言葉に、違うんだ、と首を振る。それは「私」の心情じゃない。確かに似ているけども。でも、ちがうのだ。いなくなった人を探したって意味がない。かぶせたってその人は戻ってこない。それに、彼は知らないのだ。なにも。それは、彼にとって失礼でしかない。だから、私は告げる気などないし、諦めもつくだろうという気持ちも含んで彼の恋を応援しているのである。


 大きく息を吐いて空を見上げる。青い空には飛行機雲が一筋浮かんでいた。

「――? おい、零?」

 そう覗き込んで来た大鷹くんに苦笑いをする。彼は背が高い。座りながら私の顔を見下ろすなんて簡単なことだろう。でも、不意打ちはやめてほしい。ドキリ、となった心臓を隠すように前を向いた。
 空に何かあるの? と正面にいた光明くんが私を見る。その言葉に、もう一度苦笑いをした。

「いやぁ、今日は午後から雨な気がしてたけど、晴れてるなって」
「え? 零、それはやくいってよ。私傘持って来てない」
「どういうことだ?」

 美美子の言葉に、大鷹くんが首をかしげた。相変わらず、美美子は中学生の頃から私の勘を過信しすぎである。まぁ、彼女は全部鵜呑みにはしないから別にいいけど。

「零の勘、よく当たるのよ」
「でも今日はハズレじゃないかなぁ、晴れてるし」

 そう苦笑いして、何の話をしてたっけ、と話に加わる。話を聞け! と怒った赤場くんだが、彼は案外いい人なのできちんと説明してくれるのである。その声に耳を傾けながら、目をつむる。今度は寝るな! と怒られてしまったけども。どうやらまた海帝で一波乱あるようだ。楽しそうな会話に耳を傾けながら、グラスにささったストローをクルクルまわす。シュワシュワとメロンソーダが音を立てる。空模様を気にした美美子が早めの解散を告げて、少し不服そうにした二人に私は「ただの勘なのに」と苦笑いしながら告げた。

 ――まぁ、実際にその日の夕方は、窓を叩くような大雨が降ったのだけど




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