置いてけぼりの残響
零ちゃんの素性はあまり知られてない。それは零ちゃんが家族のことや自分のことをあまり話さないからだ。私は客観的に知っているのは、零の母親は有名な舞台女優、父親は有名な起業家で双方の再婚とともに引き取られた、ということぐらいだろうか。しかし、その情報もクラスメイトやテレビから知った位だ。彼女の口から直接聞いたのは、中学に入学するまで祖父母に育てられたということぐらいだ。それも、私が何も事情を知らない十二歳の子供だったから尋ねることができたことだけど。多少の思慮ができるようになった今、彼女に関することは聞きづらいことになってしまった。
そんな零ちゃんは、「今日は用事があるから」と、私達に合流する事なく帰ってしまった。が、私たちが出かけている途中で彼女を見つけ――背中を追って今に至る。
「だからってなんでこんな事を?」
「普通に考えて、次に菊間達が手を出すとすれば若園さんだろうからだ」
そう言った帝一くんは零ちゃんを見てる。堂々と話かければいいじゃねえか、といった弾くんに私は帝一くんの言葉を支持した。すこし男の子のような格好をした零ちゃんは中学生のあの頃のようだ。
こっそりとついて行っているけども、零ちゃんは気づかないようで。零ちゃんは花屋で三つの花束を買うと、またフラフラと歩き出す。なんだか幽霊みたいなそれに、少し眉間にしわを寄せた。本当は今すぐに声をかけたいけれど、今は我慢だ。恐らくは弾くんもそうなんだろう。危なっかしいなぁ、とつぶやいた弾くんにこっそりと同意をした。本当に危なっかしい。
そうこうしていると、零ちゃんはバスに乗り込んだ。慌てて四人で満員のバスに乗り込んで、零ちゃんを追いかける。行き先は確認できなかった。ただ、着いたのは遠い街だ。青かったはずの空が燻ったように濁っている。晴れているはずなのに、そこだけは曇り空のような、青空が見えないそんな町だ。
「ここは汚い町だな・・・・・・」
そう帝一くんはそっと私にハンカチを差し出した。それを口に当てる。
「あ、ここ、螢光町だ。おおきな工場がたくさんあるんだよ」
そういった光明くんに、大鷹くんが困ったような表情をした。曰く、すこし治安が悪いらしい。
零ちゃんはそんな町を迷うことなくまっすぐに進む。そして、そこにある一件の家を訪ねた。その隣の家は若園と書かれている。零ちゃんのおじいちゃんの家かしら、と言葉をこぼせば三人は私を見下ろした。
「あの有名な夫婦の実家がここなのか?」
「有名な?」
「ほら、零ちゃんのお母さんは舞台女優の若園サラと起業家の若園貞康よ」
「え」
そう目を瞬いた弾くんに、帝一くんは少し考える。
「確かその夫婦の子供は貰い子だったな」
「ええ。でも同じ苗字ね」
「もともと親戚の子だったのかも」
光明くんの言葉に、弾くんは少し考えて、また口を開く。
「でも、それなら隣の家を訪ねるはずだろ?」
「それもそうだよね」
そう、それなら彼女は「若園」と表札が掲げられている家を訪ねなければおかしい。でも、零ちゃんが尋ねたのは隣の家だ。
「弾、表札になんて書いてあるか見えるか?」
「田んぼの田に神宮の宮って書いてあるぜ」
隣の家――その田宮と書かれた家の中から現れた女性は快く零ちゃんを出迎えた。そこから現れた女の子もうれしそうに零ちゃんを迎える。零ちゃんは花束の一つをその子に渡した。少し痩せ細った女の人は零ちゃんを引き留める。入っていかない? という言葉に、いいえ、と言った彼女は首を振った。
「私は元気だよって伝えといてください」
そう言って零ちゃんはまた歩き出す。私たちもそれを追うように歩き出す。ちらり、と弾くんがその家を見た。まだその背を見送っている親子に弾くんは声をかける。
「あの、」
「あら?」
「俺たち、零の友達なんですけど、道に迷っちゃって」
そう告げた弾くんにその親子は目を見開いた。そして、女の子はキッと弾くんを睨む。
「零くんはお兄ちゃんのなんだから!」
そう言って花束を持って家の中に駆け込んだ女の子にその母親は「タマコ!」と叱るように言葉を投げかける。
「ごめんなさいね、あの子、お兄ちゃんっこで、零くんのことも大好きだから・・・・・・」
「いえ、気にしてませんって」
「この隣の家は若園さんがすんでいた家ですか?」
そう尋ねた帝一くんに、女性は「おじいさんとおばあさんと一緒にね」と告げた。
「今は二人とも引っ越してしまったから誰も住んでないのよ」
「じゃあ、若園さんは祖父母にお目にかかるために来たわけではないんですか」
「そうね」
そう言葉を濁した彼女は「病院にいる友達に会いに来たんじゃないかしら」と告げた。
その後は病院への道筋を聞いて、零ちゃんの後を追う。
友達に会いに。小学校の頃の友達だろうか。中学生の時、すこしだけ聞いたことがあった。小学校の友達数人とよく遊んでいたと。でも、それ以降全くその子達の話題はでてこなかった。そんなことを考えている間に、零ちゃんが病院から出てくる。花束は一つ減っていた。
「お見舞い、終わったのかな」
「まだ一つ花束があるぞ」
「・・・・・・なあ、そろそろ帰ろうぜ。零に悪いだろ、こんなこと。面と向かって聞けばいいじゃねえか」
弾くんがばつが悪そうに告げる。でも、ここまで来たら引き下がれない、と私たちが引き留めた。
そのまま隠れて零ちゃんの後を追う。次についたのは廃墟の工場だった。正しくは、その手前だけど。黄色と黒のロープが張り巡らされたそこ。その手前に立った零ちゃんはロープで区切られた先に花束を投げ入れた。
「今年も帰って来たよ、バーカ。どうせ、あっちじゃなく、こっちにいるんでしょ」
小学生のような文言を告げた零ちゃんは、近くの瓦礫に座った。そして、ぼんやりとしたようにその奥を見つめる。背中だから、表情はわからない。でも、不意に零ちゃんはスラスラと近況を告げはじめた。学校のことや、私達のことを。でも、それはまるで誰かに話しているようで。誰かに相づちをもらっているようで。
「誰もいない、んだよな?」
弾くんが困惑するのもわかる。私も酷く困惑していた。帝一くんに至っては危ない奴じゃないか、と言っている。
「アレじゃない? ほら、ドラマのお墓詣りとかでよくあるの」
光明くんの言葉に、でもお墓じゃないぞ、と帝一くんが返す。不意に零ちゃんが言葉を止めたので、慌ててこちらも黙る。零ちゃんはまた言葉を紡いだ。
「……最近さ、思うんだ。もし、みんなが同じようにさ、海帝にいたりしたら、楽しかったんじゃないかって。ゼラも絶対生徒会長の戦いに参戦してるよ。そうしたらさ、みんなでまた作戦会議なんかしたりして。どうやったら赤場くんと大鷹くんの二人を負かして、ゼラを生徒会長にできるかとかさ。タミヤなんかはさ、絶対大鷹くんと仲良くなってるだろうしね。・・・・・・でも、それは叶わないんだ」
そう言って、零ちゃんは言葉を区切る。
「――皆んながいれば、よかったのに」
くぐもった声だ。泣くのを耐えているような。数年一緒にいるけども、零ちゃんの一番の友達でいる自負はあるけども、はじめて聞く声だった。弾くんがジャリ、と足を踏み込む。帝一くんが止めた。
「『僕』を置いていかないでよ……」
零ちゃんはそう言って膝に顔を埋めて小さくなる。もう一度、弾くんが足を踏み出そうとしてまた帝一くんが止める。
「帰ろう、弾。どうやら僕らは知ってはいけないところまで足を踏み込んでしまったらしい」
「・・・・・・でもよ、」
「普段通り、接しよう。コレは見なかったことにするんだ」
そう言った帝一くんに、私は弾くんを見る。弾くんは小さく手を握りしめて、「そうだな」と告げた。
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