僕への変革、あるいは退行



 美美子は海帝にはいる許可を得ているのも同然だ。というのも、大鷹くんと赤場くんの婚約者であり、つい最近、野々宮くんともスキャンダルされた女の子だからだ。最近はドラマの撮影に忙しいようだけど。彼女が忙しければ、私自身があの三人と関わることはすくない。そもそも学校が離れているからだ。まあ、偶に大鷹くんには会って彼の悩みやら相談やら懺悔を聞くけども。そこについでに光明くんや赤場くんがついてくる。今の関わりはそれだけだ。
 世界は道筋通りに進んでいるらしい。このままいくと大鷹くんと美美子が結ばれる云々の前に、光明くんは洗脳されるし、大鷹くんの学費の危機がやってくる。
 そんなことをつらつらと考えていたある日、道筋にないことが起こった。どこが布石になったのかはわからない。でも、いつのまにか小さな小さな波紋が広がっていたらしい。

 ――美美子が海帝に顔を出したいから、と私に声をかけたのは今朝のことである。

「零ちゃんは零ちゃんのまま来ちゃダメだから、これ着て」

 そう差し出された服は海帝の制服である。しかも帽子つき。多分、あれだ、サイズ的には光明くんのサイズだ。海帝に行くために男装をしろ、ということだろう。それに、すこし複雑になってしまうのは仕方なかった。その制服は、自分の部屋のタンスのおくに封じてきたモノににている。

「いいの?」
「いいのよ。それを着て海帝に集合。いいわね?」

 そう美美子に背中を押されて制服をみる。仕方ない、と息を吐いた。……いい匂いする。光明くんらしい。そんなことを考えながら、家に帰える。相変わらず親は不在だ。まぁ、親が見たらなんて言うかなんて想像はつくので好都合だ。そのまま自分の部屋にまで上がって、制服をもう一度見た。ため息をついて、さあ着替えるぞと意気込む。
 アイロンを当てられたワイシャツを着て、黒いズボンをはく。革靴は適当でいいだろう。そして、学ランに腕を通して、最後に帽子をかぶった。
 これでいいだろうか、と鏡を見る。そこにいたのは紛れもなく『僕』だ。「私」じゃない。

 ――じゃあさ、「わたし」っていわなきゃいいんでしょ。
 ――そういうことじゃないだろ。
 ――ぼくはともだちじゃないの?
 ――……わかったよ。ただし、「ぼく」っていわなきゃやめさせるからな。

 懐かしい記憶のようだった。頭を駆け巡った会話に目を瞑る。思い出に浸っている場合じゃない。約束の時間が近づいてきている。ああ、ダメだ、と首を振って鏡から顔を背ける。そして、部屋を出ようと扉のノブに手をかけた。

「――ヌル」

 微かに聞こえた声に振り返る。 誰もいない。そこには鏡があるだけだ。鏡の中の自分は同じように振り返っていた。しかし、不意にそこにいるのが自分だけじゃなくなった。ふっと手が伸びて、誰かが僕の肩をつかむ。

 ――帰ってこい、ヌル。

 そう僕にささやいたのはだれだ。





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