よるご飯後のことだ。いきなり帰ってきた遼兄に、ハーゲンダッツの店に行かないかと誘われて車へ乗り込んだ。
しかし、遼兄に引きづられて出て行った先には、タッツである。会いたくないと、遼兄の背中に隠れるけども、気持ち悪いな、と遼兄は私をグイグイと押し出した。タッツが私の手をとる。遼兄は、「じゃあ、俺は頼まれたことをしましたよ」と車に乗って帰っていった。嫌がる妹を置いていきやがって、ハーゲンダッツで騙しやがったな! 薄情者! と心のなかで、罵ってみるけれど届くことはない。タッツに「はなしてください」といったけれど、気にすることなくタッツは私の手を引いて歩いて行く。ついた先は、ETUのグラウンドだ。
「なぁ、ナツ。この前はあんな事言って悪かった」
「……別に」
「仲直りの、サッカーしようぜ」
そう言ってすこし距離をとったタッツは、近くにあったボールを軽く蹴った。
「ナツは、俺が、昔、このチームにいた事しってるよな」
「写真があるから、知ってるよ」
転がってきたサッカーボールを蹴り返す。
「じゃあ、俺がなんで海外行ったか、は話したっけ?」
「スカウトが来たからじゃないんですか?」
「それもあるんだけどな。チームの雰囲気が最悪だったんだよ」
蹴り返されてきたボールを止めて、また蹴り返す。
「当時の俺はETUの客寄せパンダみたいになってて、監督は俺を必ずスタメンに入れてさー」
「……」
「チームからも陰口言われたりして、正直つらかったんだよな。でも、スカウトが来て、笠野さんがゴーサインだしたんだよ。だから、海外へ行った。で、そこで足をひどくして選手生命たたれたんだけどな」
タッツの言葉に、一度ボールを止める。
「ナツがなんでプレイヤーをやめたか笠野さんから聞いた。チームに選手生命潰されたんだな」
「……潰されてないよ。私がやめただけ」
また蹴り返せば、今度はタッツがボールを止めた。
「いいや、ナツ、お前は選手生命を潰されてるんだよ。俺みたいに、体を潰したからじゃない。お前は、心を潰された。それは俺のそれより、ずっと重い。しかも、二回もだ。女子サッカー選手としての選手生命を絶たれて、中学でサッカー選手としての生命を絶たれた。でも、まだ、サッカーが好きだから『監督』だなんて位置にいるんだろ?」
「……」
「さっきの俺や、有里の発言や、お前の親や周りの発言は、その『監督』っていうナツがやっとのことで掴んだ地位を、逃げ場を潰す発言だもんな。ごめん、わるかった。でも、」
タッツがもう一度、ボールをコチラに蹴る。私は無言で蹴り返す。
「俺はお前がプレーしてるのを見たい。これは本心だ。ナツならきっと、いい監督になれる。それは俺が保証する。だって、俺と紅白戦で引き分けるんだぜ? 大人だらけの監督の世界で、女子高校生の監督が日本一をとったんだぜ? そりゃあ、いい監督になれるよ。でも、ナツならトッププレイヤーにもなれる。監督になるならその後でも問題ないし、ナツの功績をしれば嫌でも白羽の矢が立つさ」
「私は、」
「なぁ、ナツ。陰口や悪口なんかどこでもついて回るんだ。気にすんな、とか、軽いことは言えない。でも、そのうち、監督をしていたって悪口を言われるんだ。生意気だとか、女のくせにとか。でも、それは周りのレベルが結局はお前から劣ってるからだと思うんだよ。お前に合ったレベルのチームへ行けば、絶対楽しくプレイできるって。俺が保証するよ」
蹴って、蹴り返す。それを続けていれば、タッツがまたボールを止めた。
「俺が、そうだった。海外でのプレイは、ほんとうに楽しかった。この前の、女子サッカーだって、本当は楽しかったんだろ? だって、テレビで見たナツはすっげー楽しそうだった。正直に言ってみろよ、ここには俺しかいないわけだし」
タッツはまたそう言って軽くボールを蹴る。それを今度は私が止める番だった。
「……楽しくないわけがないよ、本当は、ずっと、みんなが羨ましかった。ケイトたちも、遼兄も」
「うん、」
「でも、怖いの。怖いんだよ。また、あんなふうになったらどうしようって。またあんな風になったら、逃げ場がないじゃん。だって、そうなったら今度こそきっとサッカーを嫌いになる。サッカーが嫌いになるのが怖いの」
「うん、」
段々と俯いてくる顔に、またぎゅっと手を握る。
「ピアノがなくなってから、楽しいことがサッカーしかなかった。だから、余計にサッカーが好きになったのに。サッカーをプレイヤーとして楽しめば楽しむほど、一人になった。監督になって、やっと、最高のチームメイトを手に入れたのに。監督をやめちゃ、サッカーが嫌いになっちゃ、みんなとの絆が消えそうで怖い。そうしたら、また、ひとりぼっちだから、いやなの」
「大丈夫だって。ナツが監督をやめても、誰も責めないし、離れてかない。サッカーを嫌いになった所で、俺達は誰も離れていかない」
ポンポン、と頭を撫でられて、顔を上げる。すぐ近くにタッツの顔があって、息を呑んだ。
「心配なら、俺が周りとナツをつなぎとめてやる。俺は絶対に、離れないから」
「……」
「本当は、プレイヤーになりたいんだろ?」
「……怖いよ」
「大丈夫。もし、選手になって、辛かったら、俺んトコに逃げてこい。俺が絶対助けてやる。なんならマッちゃんおろして、ナツをコーチにするし、有里に頼んでスタッフとして働くっていう方法もある。絶対に、助けてやるから」
タッツはそう言って、私を見下ろす。
「おもいっきり、選手になってこい」
赤崎妹と、達海猛
ぎゅうっと、タッツの服を握れば、タッツは優しく私を抱きしめる。勇気が出るような気がして、顔を埋めれば、遠くから「いてっ」という声が聞こえた。
そちらをみれば、世良さん達がいるわけで。あいつら、とジト目をするタッツに、私は笑った。
「ありがとう、タッツ、もうちょっとだけ頑張ってみる」
私の言葉に、タッツはきょとんとして笑ったのだった。
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SQUELCH!!