感染注意(10) 


 あぁ、これは夢なのだろう。
 ナマエはあたりの景色を眺めてそう思った。なぜなら、ある筈のないマザーベースのようなそこに立っていたからだ。夢ならば夢でいい。ボス達は何処かにいないのか、とそこを歩き出すが誰もいない。色々な施設に足を運んだが、やはり誰一人みあたらない。夢ならば、ボスが出てきてくれても良いものを、だなんて思いながらナマエはマザーベースの端に腰掛けた。

「ナマエ」

 聞き慣れた声で名前を呼ばれて後ろへ振り返る。後ろには髪を切ってしまったパスがいた。

「パス」

 ナマエが彼女の名を呼べば、彼女は笑った。ナマエの頬に涙が伝う。ごめん、助けてあげられなくて、ごめん。頭の中ではぐるぐるとそんな言葉が繰り返されるが言葉に出ない。気がつけば、一人、二人と人が増えていた。見知った顔だ。MSFの仲間だ。でも、ボスはいない。不意に、ドン、という音がしてナマエの体は真っ逆さまに海に向かう。ああこれは落とされたな、だなんて思いながら重力に身を任せればパスの声が聞こえた。

「ナマエは、まだ来ちゃダメ」

 その声にナマエは大声をあげて泣きたくなった。もう、許して。お願い、一人にしないで。いつかそこにボスがくるのなら、私もそこで待たせて。お願いだから。だってそこは、地獄でも天国でもないのでしょう? どうして、私はこんなことに、ねぇ、お願い。助けて、会いたいよ、寂しいよ。

「ナマエ?」

 落下していく中、ナマエは一瞬だけボスの声が聞こえた気がした。



 びくり、とナマエが目を覚ますとそばにいた男性は目を大きく見開いた。

「気づいたか」

 ナマエはその声に視線を彷徨わせ、その声の主を見つけると苦笑いをした。彼――クリスの服を無意識につかんでしまっていたからだ。

「すいません、無理やり離れてくださってもよかったんですよ」
「……それは、……いや、いい」
「どれぐらい寝てました」

 ナマエはクリスの服から手を離し、顔を拭うと伸びをする。バキバキと体が悲鳴を上げた。

「約2日だな」
「え、2日間掴んだままでしたか?」
「いや、これはさっきだ」

 クリスはナマエの頭をぎこちなく撫でる。ナマエはあたりを見渡してここは病院だろうと結論づけた。サイドテーブルになぜか置かれているぬいぐるみに苦笑いをする。メッセージカードが置かれているあたり誰かからのお見舞品だろう。

「メラは一命をとりとめた。君のおかげだ。ありがとう」
「感染症などは大丈夫でしたか?」
「あぁ、奇跡的にな。まだ意識は取り戻してはいないが、一週間もすれば取り戻すだろう、とのことだ」
「そう、よかった」

 ナマエはなんとなしにぬいぐるみに手を伸ばす。メッセージカードにはリッキーと言う名と、小さな謝罪、そして連絡先が書かれている。ナマエは頭を働かせる。確か、あの青年がリッキーと呼ばれていた。そして、目の前の彼はクリスと。

「それで、私の処遇は決まりましたか?」

 ナマエの言葉にクリスは顔を顰めた。彼がここに来たのは、確かにそれを告げる為も含まれている。ただ、もう少し先でも良いかと思っていたのだ。ナマエが落ち着いてから、と。

「私は唯一あの学園の生徒で生き残ってしまいました。知ってはいけない、いえ、口外してはいけないことを知ってます」
「あぁ、そうだな」
「殺されますか?」

 それは自嘲的な笑みだったのだろう。クリスにはナマエの言葉は懇願するようにも聞こえた。実際、ナマエははやくあの夢の世界へ行きたかった。彼を探し回るより彼を待っていた方が必ず会えるからだ。しかし、ナマエの願いとは裏腹にクリスは首を振った。

「いや、殺されはしない」
「……そうですか」
「悪いが、君のことは、ピアーズに調べさせた。あのジョージ・シアーズに拾われるまで戦場にいたとか。あの銃の扱いやカスタマイズ、窮地の冷静さ、判断力。全て優れている。医者の免許を持たないまま、あの手術は賛同できないがここの医者曰く的確でなおかつ素晴らしい処置だったからこそメラを救えたといっていた」

 ペラペラと喋るクリスにナマエは眉を顰めた。褒めてばかりで要領を得ない。

「君に与えられた選択肢は二つだ。表向きにはこの国の政府の保護下におかれるが、政府のエージェントとして生物テロに巻き込まれるか。そして、もう一つは」
「……もう一つは?」
「BSAAの一員として、国連に身を置くか、だ」

 ナマエはきょとんとした表情を浮かべる。もっとえぐいものが来るかと思っていたがそうでもないらしい。

「俺が勧めるのはBSAAだな。自由は保証されるし、国連の元にある為情報網もあつい」

 クリスはナマエを見る。ナマエはきょとんとした表情を浮かべていた。

「君の探し人の情報が得られるかもしれない」

 真剣に告げるクリスの言葉にナマエは少し笑顔を見せた。諦めそうになっていたそれを、まるで諦めるなと言われているようで。
 笑い出したナマエにクリスは戸惑った。それもそうだろう。クリスとしては真剣にナマエを説得しているのだ。ひとしきり笑い終えると、ナマエはクリスを見る。クリスは困惑した顔でナマエを見ていた。

「ふふ、それでは、よろしくお願いします。クリスさん、いえ、隊長?」
「……ああ!」

 ナマエの言葉に、クリスは頷いて手を差し出す。ナマエもそれに応えて手を差し出した。

 ――パス、もう少しだけ、ボスを探してみるよ。

 心の中でそう告げると、ナマエは空を見た。よく晴れわたった快晴だった。