選択肢は二つに一つ(7)



 バックパックはつけた。装備一式も持った。一番動きやすいMSFの迷彩服を着て、ブレスレットを外す。このブレスレットはつい最近、貰ったもので、普段おしゃれをしないナマエを見かねたゼルダ達にプレゼントされたものだ。
 同じようにプレゼントされたものが入った小さなバックパックにそれをしまえば、任務へ行く準備の出来上がりだ。



 ――事の発端は、数十分前に遡る。
 マスターに呼ばれたナマエは、マスターの部屋に訪れていた。

 また、亜空間ができてしまった。

 マスターが言った言葉に首を傾げる。亜空間。スネーク達に聞いたことはあるが、ナマエは実際目にしたわけではない。そんなナマエにマスターは簡単に亜空間の説明をする。そして、言った。

「君が来た時も小さな亜空間ができたんだよ」
すぐに閉じられてしまったけれど。

 その時は、スネーク達が近くにいて、ナマエを連れてきたんだ。覚えているかい?
 マスターはナマエに尋ねるが、ナマエはその亜空間とやらにいた記憶も、こちらに飛ばされた記憶もない。ただ、BSAAの任務でピアーズを庇って大怪我を負った記憶はある。しかし、それだけだ。

「また、誰かが来るんですか?」

 マスターにナマエが尋ねる。

「そうかもしれない。でも、ちがうかもしれない。とりあえず、君にはその亜空間を見てきて欲しい。スネークとファルコには声をかけてあるから、二人と合流して」

 マスターの言葉に頷き、ナマエはその 場を後にしようと扉に手を掛ける。その時、マスターが小さく声をかけた。

「ねぇ、ナマエ。必ず帰ってきてね」

 寂しそうなそれは、小さな子供の駄々にも聞こえて。ナマエは笑って頷く。

「えぇ、必ず」

 そして、その場を後にした。



 ナマエは自分の部屋の扉を開ける。集合地点はファルコやフォックス達の戦闘機が入っている格納庫前だ。そこを目指して歩く。

 思うに、マスターはこう言いたかったのだろう。
 ――ナマエの帰る時かもしれない。
 断定できないから、あやふやに答えただけで。そもそも自分はマリオ達とは違いこの世界に正式に招待されていないのだ。帰るのも正式な手段では帰れないに違いない。
 画面の中の存在だった。
 マリオもカービィもソニックも。マルスやアイクはよくわからないが、マリオやソニックはBSAAにいた頃に何度か遊んだ。そんな存在と一緒にいることができる、なんておかしな話だ。だが、そのおかしな話に似たような事が、孫市達といた時に起こっている。所謂、オールスター戦と言ったところか。そんな場所に参加できて、光栄ではある。しかし、

「自分の居場所じゃ、ない気がする」

 そう、自分はここにいてはいけない気がする。みんな、確かに良い人だ。ゼルダやピーチ、サムスは身分も気にせず仲良くしてくれる。リュカやネス、ピットには振り回されるが、 アイクやマルス、リンク、レッドくん達と同じようにしたってくれているらしい。キャプテンファルコンさんは優しくしてくれるし、カービィやポケモン達は懐いてくれた。ガノンドルフはスネークやゼルダにあまり関わるなと言われたが、ナマエにとっては怖い人ではなかったし、メタナイトもフォックスも、そしてなんだかんだと言ってウルフ親切だった。ファルコに至っては、かなり仲良く慣れた。
 でも、ここにいてはいけない。彼らはヒーローであり、ヒロインであり、そして悪役だ。招待された彼らはゲームで言うメインキャラクター達なのだろう。自分はメインキャラクターではない。どちらかといえば、画面の端をうろちょろしたり、真っ先に片付けられるソレだろう。相応しくない。それに、帰らなければならない場所がある。
 ボスの所に、帰らなければ。あの場所で、死んだなんて認めない。今、生きているのだから、きっと生きている。だから、帰らなければならない。今回現れた亜空間だって、そういうことだろう。

「ナマエ?」
「っ!!」

 不意に肩を叩かれ、ナマエは振り向く。そこには驚いて目を見開いたスネークが居た。

「珍しいな、ナマエが気づかないなんて」
「……すこし、考えごとを」

 ナマエはスネークから目を離す。タバコの匂いが香った。任務前に吸っておきたかったのだろう。

「何か、思いつめた表情をしていた」
「気のせいじゃないですか?」
「気のせいじゃない」

 はぐらかせば、断定された。ナマエ、と名前を呼ばれナマエはスネークを見た。

「何を焦ってるんだ? まさか、自分はここにいてはいけない、だなんて思ってないだろうな?」

 スネークの言葉に、ナマエは言葉を詰める。図星だ。ナマエの表情を見てスネークは眉間に皺を寄せ、目を瞑り忌ま忌ましげに息を吐いた。

「それは、元の世界にもどりたいとかいう理由じゃなく、俺がいるから、だろう」

 違う、とすぐ様否定しなければならないのに、ナマエは何も言えなかった。
 ――そう、いてはいけない理由は、この男がいるからだ。
 先程のものも、つっかえてはいるが、スネークが一番の理由だ。駄目だった。同じ存在ではないとわかっているのに。ボスより彼は気障であるし、彼よりボスは天然と言われるそれだ。性格が違う。顔立ちも癖もすこし、違う。違うのはわかっている。
 でも、同じ声だ。同じような姿だ。彼は重ねてほしくないだろう。確か、スネークにとってボスは自分の人生を狂わせたような男であるはずた。そんな男と重られて。しかも、スネークが自分に好意を抱いていることなんてわかっている。ナマエがここにいても、彼も自分も辛いだけだ。

「怖いのか?」

 黙っていたスネークが不意に言葉を零した。 表情は、俯かれているためわからないが辛そうな声だった。

「俺とビッグボスを重ねることが」

 そう、怖い。ビッグボスとスネークを重ねることが。
 ナマエは黙ったまま、スネークを見る。

「俺と過ごすことが」

 そう、それが怖い。それは、何故か。

「ビッグボスとの思い出が、俺に塗りつぶされるのが! 俺を好きになるのが!」

 悲痛な叫びだ、なんてナマエは何処かブラウン管越しに見ているように感じた。

「怖い、怖いよ、怖いですよ」

 ナマエの零した言葉に、スネークは顔をあげた。泣きそうな表情だった。

「貴方と彼は違います。わかってます。でも、無理なんです。私は、貴方と彼をどうしても比べてしまう。貴方を見て、彼を思い出してしまう」

 ナマエはそこで言葉を区切る。

「最初の頃は、いつもそうでした。でも、最近は違う。彼を思い出して、貴方を見てしまう。彼と貴方を比べてしまう。彼との思い出に、貴方との思い出が被さってしまう。それが、どれだけ恐ろしいか、わかりますか?」

 ナマエはスネークに尋ねた。今度はスネークが黙り込む番だった。

「私の世界の中心は、ボスなんです。ボスに助け出されて、彼と行動して、彼の手当てをして、彼に気にかけてもらって、彼を好きになって。彼がいなければ、私はとっくの昔に死んでいたでしょう。この世界にくることも、なかった。そして、彼が死ねば私は容易に命を投げ出す自信もある。まさしく、彼が世界の中心でしょう?」

 ナマエは笑った。何処か自嘲気味な、儚いような笑みである。

「それが、貴方と出会い、貴方に塗り替えられてきた。私は怖いです。だって、ボスが世界の中心だから、彼の元に帰りたいから、私は生きているのに。世界を越えても必死で生きているのに。貴方に塗り替えられてしまったら、今までの気持ちも苦労もなにもかもなくなる。今のままでいいか、だなんて思ってしまう。そして、あなたには帰る場所がある。私と貴方は帰る場所が同じようで違う」
「……」
「もし、貴方が私の世界の中心になったとして。私は、貴方と離れ離れになればきっと生きている意味を失うでしょう。命を投げ出すでしょう」
「……」
「私の生きている意味を、簡単に潰さないで。デイヴィッド」
「――……!」

 ナマエは緩やかに笑うと、スネークの手を外す。そして、お先に、と背を向けた。

「それでも、俺は」

 背後からかけられた声にナマエは立ち止まる。

「ナマエをこの世界に引き止める。引き止めて見せる。生きる意味だなんて、考え直せばいい。俺と、二人で」

 真剣な声色だった。
 ナマエは一言、ありがとう、と告げるとその場を後にした。