世界は一人の為に回るか否か(3)



 どうしてこうなったのだろう。
 目の前にいるのは赤毛の男だ。高級そうな赤と黒のスーツをきている。そして、ナマエもナマエで彼に贈られた高級そうなワンピースをきていた。
 どうしてこうなったのだろう。
 ナマエは頭を抱えたくなった。目の前に運ばれるのは高級そうな料理ばかりだ。料理にあまり手をつけないナマエを見て、男は首を傾げる。

「お口にあいませんでしたか?」
「いえ、そんなわけでは」
「遠慮せずに食べてくださいね、これは御礼なんですから」
「ありがとうございます、フラダリさん」

 そう、これは全てナマエに対しての御礼だ。この男――フラダリからの。

 ――全ては数時間前に遡る。

 その時、ナマエは外を歩いていた。プラターヌから言い渡されたのは、最近ナマエにべったりなピカチュウとリオルと一緒に街を散歩してくる、という予想外の仕事だった。まぁ、それは仕事で身動きが取れなくなってしまったプラターヌ他研究者達のお弁当を買いに行くということも含まれているのだが。
 脇道を歩いていた時だ、誰かの声が聞こえたのだ。困ったようなその声に、ナマエがちらりとそちらを見る。男性が女性に絡まれているのが見えた。そのままなかったことにしてもよかったのだが、男性と目があってしまったから仕方が無い。ナマエはそのまま、男性に向かって手を振った。

「あ、いたいた! こんなところにいたんですね! 探しましたよ!」


 古典的なそれだが、そこにいた女性はナマエの方を向く。ナマエは二人に近づくと、女性に向かってまくしたてるように口を開く。

「すいません、私と彼は急ぎの用事があるので失礼致しますね。何かあるならこんなところで話さず、もっと広々としたところで。ほら、行きますよ、このままじゃ博士の学会に間に合わなくなっちゃう」

 ナマエが男性の手を取り歩き出す。男性は僅かに目を見開いたが、すぐに口を開いた。

「えぇ、そうですね。行きましょう」
「ちょ、ちょっと!」

 制止する女性の声を無視し、男性の手をひいていて小走りに走り始める。それを追いかけるように女性が走ってきた。ピカチュウ達はとっくにボールの中で、自分の行動を遮るものはない。ナマエは男性の手をひいて全力で走り出した。わざと複雑になった道を走っていれば、女性の声は遠くなっていく。女性の声が聞こえなくなったところで男性を振り返れば、男性は少し苦い表情をしていた。肩で息をしている。すこし休憩、と男性の手を離して壁にもたれた。

「あー、すいません、大丈夫ですか?」
「えぇ、久しぶりにあんなに走ったもので。謝るのは私の方でしょう。貴女を巻き込んでしまいました」
「いえ、私が勝手に助けただけですよ」
「……貴方の名前を伺っても?」
「名乗る程のものじゃありませんよ」

 そういえば、男性は困ったような表情をする。

「あら、早く行かなきゃ学会があるんじゃなかったの?」

 男性の後ろから聞こえてきたのは間違いなく先程巻いた女性である。足音は複数。誰かを連れてきたらしい。
 男性が振り返ったついでに顔を覗かせれば女性と複数の男性がいた。

「やっと見つけたわよ、フラダリ」
「……もしかしなくても、お知り合いでした?」
「……いや」
「忘れたとは言わせないわ!」

 そこから女性は次々とナマエにとっては彼女の妄想ではないのかと思うことを次々とあげていく。フラダリと呼ばれた彼は顔をしかめたままだ。ナマエは面倒になったらしく、ため息をついた。それが、気に食わなかったらしい。女性は眉を顰めた。

「貴方はフラダリの何なの!? あぁ、わかったわ! 恋人ね! なんていうことなの!」
「えぇー」

 ナマエは次の瞬間、勢い良くしゃがんだ。後ろにいたらしい人間は、掴むべきところに人がいなかった為かバランスを崩す。元々そういう方面に強いナマエがそれを見逃すはずがない。ナマエは流れるようにその人間――男の首元に手刀を落とし、地面に叩きつけた。手にはナイフであるナマエは男の手を踏み、ナイフを手放させた。あっけに取られる周りをよそに、ナマエは女性の近くにいた男達にも牙をむく。
 慌ててモンスターボールを取り出そうとする男にナマエは蹴りつけた。一人目。次にこちらに向かってきた男をそのまま投げる。その奥にいた男も一緒にノックダウンである。二人目、三人目。モンスターボールを投げようとした男にそのまま突進し、鳩尾を殴る。四人目。五人目の男は逃げ出した。残ったのは女性とナマエとフラダリというらしき男性だけだ。

「な、なんなのよ、貴方!」
「さぁ、なんなんでしょう」

 女性はズルズルと後ずさり、そのまま怯えたように逃げた。ナマエはふっと息を吐く。

「君は……」
「あぁ、すいません、見苦しいものを見せてしまって」

 ナマエは彼を見る。彼は目をぱちぱちと瞬かせていた。

「……貴方は実に素晴らしい」

 ようやく言葉を零したと思ったらこのセリフである。そして、軽く両手を握られる。

「私の名前はフラダリと言います。貴方の名前を伺っても?」
「私は――」
「ホログラムメールを受信しました」

 その音にはっとする。男性の手をやんわりとはがし、時計をみる。時間は約束の時間を過ぎている。ホログラムメールを慌ててつけてみれば、そこにはプラターヌが映っていた。

『ナマエちゃん、はやくかえってきてよー。お使いの時間はとっくに過ぎてるよー!』
「私名乗る程のものじゃないです! ごめんなさい! 急ぐので!」

 そう言ってナマエとフラダリは別れた。それが、始まりであったことは間違いない。
 その後、研究所に彼が現れて「そうだね、いろんな人と付き合うのも刺激になるし、行ってきなよ!」というプラターヌの言葉により今に至る。


「貴方は本当に、美しく素晴らしい方だ」

 何か心酔するような彼――フラダリの言葉に苦笑いをする。

「私はそんな人間ではありませんよ」
「いえ、貴方は素晴らしい方です。貴方には美しい世界を生きる権利がある」
「? この世界じたいが美しいですよ?」
「いえ、この世界は醜いものです。ナマエさん、貴方には美しい世界に生きて欲しい。私と、共に」

 彼の言葉は、いつかどこかで聞いたことがあるような気がした。しかし、ナマエはプロポーズのような言葉だな、と結論づける。きっと、何か、BSAAにいた頃に見たドラマか何かの台詞だろう。そう判断したナマエは知らない。彼の目が、まるであの学生達のような目をしていたことを。