その日は、雨が降る日だった。その日は確か、「彼」の命日で、偶々非番であった私は花――真っ白なオオアマナの花束を持ち、墓の前へ来ていたのだ。そして、傘もささずに、ぼう、と「彼」の墓を眺めていた。
アメリカの軍に入ってからは沢山、「彼」の事を知った。周りの評価を、そして、彼の本心にも似た話を。
彼は、日本兵を沢山殺したらしい。日本兵だけでなく、敵国の兵士や民間人をも殺した。男女関係なく、無差別に。それが、作戦だったからだ。それが自分たちを脅かす存在だったから。しかし、彼はそれを酷く悔やんでいたという。確かにそうかもしれない。夢を見て、魘されるほどには彼は苦しんでいた。
――とある作戦が終わり、あの瓦礫とかした街で、彼は私を見つけた。生き残りはいないはずだった、らしい。らしいというのは、彼が私を見つけたからだ。本当は、そこで殺さなければならなかった。しかし、彼にはどうしてもできなかった。仲間が代ろうとすれば、彼は酷く拒んだらしい。アメリカには連れて帰れない。私は生きていてはいけない存在だったから。だから、その国の孤児院に私を預けた。彼が私を引き取ったのも、私の父母を殺したかもしれないという罪悪感から。私に銃の握り方を教えたのは、他でもない私に殺して欲しかったから。
しかし、私はいつまでたっても彼を殺さなかった。父親だと慕い、無邪気について回ったのだ。だから、彼は自ら首を吊った。
「ここにいたのね、探したわ、」
ふと、雨が止んだ気がした。聞きなれない声に振り向けば、金髪の女性がいた。彼女は――、そう、ザ・ボスだ。第二次世界大戦の英雄の一人。そして、あの平和な世界でモニター越しにみた女性である。私は驚いて彼女を見つめる。どうしてこんなところにいるのだろう。それに、探したって何を。それを問いかけるために口を開いた。
「……どういう、ことですか?」
「貴方をスカウトしに来たの」
「スカウト?」
「ええ、そうよ、ハル」
彼女はそういうと、彼の墓の前に花を手向ける。そして、彼の墓を見つめたまま、彼女は口を開いた。
「貴方のことは聞いてるわ、軍から、そして、ヘイト――クラウディアからも」
クラウディア。それは、彼の名前である。その意図が掴みかねずに微動だにしない私に、彼女は優しく微笑む。
「貴方を自慢の『娘』だと。出来損ないの自分には、勿体無いくらいの」
「……クラウディアさんとは、どういう、関係、ですか?」
「彼とは同じ部隊にいたわ。貴方は覚えていないかもしれないけれど、貴方をクラウディアが拾った時、私も近くにいたの」
「私を拾った時に?」
「ええ、」
私は、昔のことに思いを巡らそうと、目を瞑る。しかし、それは第三者の声により、妨害された。
「ハル!」
バタバタと走ってくる音は、聞き慣れた音だった。間違いなくジャックのものだろう。ザ・ボスはため息をついてから、そちらに目をやり、私もそちらに目をやった。彼はそこでザ・ボスに気づいたのか慌てて彼女に敬礼をする。下げるように言われると、嬉しそうに私の隣に立ったのだけど。
「ハル、明日から、頑張ろうな?」
「は?」
「ジョン。まだ、彼女には何も告げていないわ。……ハル、急でわるいけれど、明日から貴方には私の元についてもらうことになる」
「え?」
「返事は、はい、よ」
「はい」
いきなりのことに戸惑ったまま返事をする私に、彼女は満足そうに頷いた。そして、必要な物や場所はジャックに聞けば良いわ、と告げて墓地を後にする。私はただその背を見送った。ジャックがニコニコと笑って、俺の方が少しだけ先輩だなんて良いながら私にもたれかかる。 まぁ、全ての体重をかけようとした彼にしゃがめば彼はバランスを崩して転げかけたのだけど。そこからは何時もと一緒だ。小突きあいからのじゃれ合いである。子供っぽいコミュニケーションであるが、それが心地よかった。何よりも彼は私を対等として見てくれている点ではとても接しやすかったのである。
――敗因は雨のぬかるみと体格差だと思いたい。
墓地の中、ぬかるみに倒れ込んだ私に彼はしまったという顔をしてこちらを見下ろした。
「やったな、ジャック」
「今のは手違いだ」
彼にそっと手を伸ばす。その手をとったジャックを引っ張れば、彼もバランスを崩して転げたのだけど。泥だらけになった彼に笑う。彼はきょとんとこちらを見て――同じように笑った。
「貴方には、私の元から去ってもらわなきゃならない」
――それから数年たって、私の師である彼女は突然私に悲しそうに告げた。師であることは間違いがない。でも、母親に似た存在でもあった。彼のように何時もでもそばにいれると思ったが、違うらしい。でも、急だった。捨てられた様に感じて、内心泣きそうになりながら彼女に尋ねる。
「どうして、ですか?」
私が何かミスを下だろうか。それとも、なにか変なことをしでかしてしまったんだろうか。弟子としてふさわしくないことを。ぐるぐると頭の中に良くない思考がわきあがる。彼女はそれを見抜いてか首を左右に振った。
「……貴方は、もう完璧よ。十分、実戦部隊で活躍できるわ。明日からCIAのとある部隊が貴方を迎えにくる。準備をしていなさい」
答えになっていない言葉に、私はもう一度聞き返そうとする。しかし、彼女はそれを許すことなくそのまま部屋を立ち去ってしまった。
「どうして、」
私が小さくこぼした言葉に応えてくれる人はいない。私はただ一人、子供のように彼女が閉めていった扉を見つめていた。
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