彼女の元を離れてから数年がたったある日、私はCIAの長官に呼び出されることになった。彼女――ザ・ボスと共に。何かしたのだろうか、だとか、彼女と一緒に任務に就くのだろうか、とか、内心色々なことを思いながら指定された部屋に赴く。偉そうに――まぁ彼は偉いのだけども――席に座った長官は私たちを見て話をきりだした。
 ――賢者達の遺産をソ連に亡命したと見せかけて奪い取って欲しい。
 ざっくりとまとめるとそういうことである。長官の言葉に息が詰まるのを感じた。そうだ、忘れていた。私は、これを止めようと思っていたのだ。私はザ・ボスに目をやる。彼女は黙ったまま、長官を見つめていた。彼女が何か切り出すよりも先に私が切り出さなければならない。私は慌てる心を抑えつけながら一歩前に足を踏み出した。
「――私が、やりましょう」
 私の言葉に、長官は笑みを浮かべ、ザ・ボスは驚いたように私をみる。やりましょう? それは、違う。確実にできると信じられているのはボスだ。だから、私はお願いするしかない。まっすぐに私は長官を見る。
「――私に、やらせてください」
「ダメよ、ハルは残りなさい」
 母が子を諭すようなその言葉に、私は首を左右にふる。貴方が行ってはダメなんだ。貴方がいっては、壊れてしまうんだ。貴方がいなくては。私の心なんて知らず、彼女は眉間に皺をよせた。
「この任務がどれだけ危険かわかっているの? 若い芽を摘むことはできないわ」
「しかし、この国には貴方がまだ必要です。それに、ジャックにも」
 私の言葉に、彼女は目を見開く。そして、何かを話そうとするが、それよりはやく私は口を開く。
「私が失敗した時、ボスが行けばいい。その方が、妥当でしょう?」
「あぁ、それがいい」
 長官は、そう言って笑う。私の苦手な笑みだ。では君に任せる、作戦について詳しいことはまた、とつげた彼に私はお礼を述べて頭を下げた。そして、私は小さく、ジャックをよろしくお願いします、とボスに告げる。そして彼女が何か言い返す前にその部屋をでた。
 ――怖くなんかない。ジャックに殺される「だけ」の任務だ。きっとこれは長い長い夢で、殺された頃に目覚めるんだ。
 自分に言い聞かせるように、ぎゅっと、手に力をいれる。彼女は死なない。愛国者達、なんてできない。ジャックはきっと幸せな生活をする。他の蛇達もできることなんてない。
「ジャック――ジョン」
 小さく、ほんとうに小さく彼の名をよんでみる。彼が何処かで返事をしてくれた気がした。*

*


「ハル?」
 彼女に呼ばれたような気がして、振り返る。けれど、そこには誰もいない。彼女は何処に行ったのだろう。ここ最近彼女とは会っていない。ザ・ボスは彼女は他の部隊に移ったと言っていたし本人からもそう聞いている。まぁ、直接ではなく手紙というなんとも古い手段なのだが。

 ――彼女が消えたあの日から、俺の右側には誰もいない。ちゃんと彼女が俺の前に現れた時のために開けてある。今度会ったなら、食事に誘おうか。それとも、彼女が好きだと言っていた場所に向かおうか。いつものようにじゃれ合うのもいいが、もう少し踏み込んでもいいのでは。そんなことを考える反面、もしかして、他に恋人ができたのだろうか、だなんて考える。

 ――俺は彼女のそばにいたい。もし、彼女のそばに、ずっといるのが俺ならば。

 思いを巡らせてにやけていると、少佐に頭をぶたれた。痛い。

 ――いつか、貴方は選択を迫られる。国か、彼女か。

 そんなことはない。だって、彼女はずっと俺のそばにいたんだから。今はすこし離れているだけで、いつかは、きっと、彼女は。

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