ジャックが捕まった。ぶらさがって、拷問を受けているジャックを見つめる。彼は何も話さない。当たり前だ、そういう風にボスに仕込まれているのだから。私がそうであるように。
「ハル」
 男が私を呼ぶ。ジャックが私の名に反応したのがわかった。男に無駄な労力だと伝えておくか、と私は口に開く。
「それは何も言わない。そういう風に仕込まれている。何をしようが、話さないだろう」
 しかし、私の推測は違ったらしい。男は私にスタンガンを渡す。どういう意味だ、と目線で問えば彼は意地悪く笑った。
「こいつが嫌いなんだろう? 好きにすればいい」
 ――そういうことか。
 私はスタンガンを見つめる。ここで、何もしなければ、今までの行動がすべて無駄になることは理解している。そして、逃げ道を断つことも。
 ――それは望んではいけない。
 私は、ジャックに向けて思いっきりスタンガンを突きつけた。
 嫌いだ。嘘でも彼を傷つけられる私が。嫌いだ。こうなる風に仕向けた男も、長官も、あの国も嫌いだ。大嫌いだ。彼と、一緒にいられない世界なんて。そんな夢物語を望む自分なんて!
「大嫌いだ! 出会わなければよかった」
 彼に幸せになってほしいのだ。だからどうか、私を、彼の思い出の中にいる私を憎んでほしかった。殺したことに罪悪感なんて抱かないでほしかった。だから、私は彼の思い出を壊すのだ。この手で、幸せな、過去を。


*


 ――そばに、彼女が、ハルがいるらしい。
 ヴォルギンの言葉に応えるように、彼女が喋る。あぁ、ハルの声だ。ずっと、あの日から、聞きたかった声だ。こんな状況下じゃなければ、きちんと話したかったがそれはできそうもない。でも、俺の求めている彼女の声とはほど遠かった。今の彼女の声は冷たい。いつものように、暖かな声ではなかった。
 ハルは何度も何度も俺にスタンガンを突きつける。かなりの痛みが体に走るが、彼女は微妙に急所を外してくれていたのが救いだろうか。だからこうして意識を保てるし、だからこうして、彼女の声を、会話を、周りの雰囲気を理解できた。不意に彼女が言葉をこぼす。
「嫌いだ、」
 そんなことはない。俺は――好きだ。
「嫌い、」
 ――俺は、好き。
「っ、大嫌いだ、お前なんて!! 出会わなければよかった!!!」
 吐き捨てるようなその言葉に、ぐさり、と何かが突き刺さったような衝撃を得た。いや、ポキリと何かが折れたのかもしれない。精神的に来る物があったのは確かだ。

 ――俺は、ハルが好きだ。
 俺は、隣で笑うハルが好きだ。子供のようにじゃれあえる彼女が。俺は、あの暖かな彼女が――? 彼女は本心から笑っていた? 彼女は本心で俺に接していた? 彼女は――俺は? 俺は少なくとも、心から彼女を。でも、おれは、おれ、は?
 頭の中でぐるぐると彼女の顔が思い浮かぶ。ハルを殺すこと。それが俺の任務だ。俺は彼女を殺す。それは変えられない道筋であるはずなのに。思い出の中の彼女が、あの無表情の彼女に代っていく。
 ――ハルが亡命したあの日、なによりもショックだったのは、ハルの隣に俺以外の人物がたっていたことだった。ヴォルギンが、ハルにキスをし、ハルは満更でもなさそうな表情を浮かべていた。それも許せなかった。ハルは俺が嫌いだと、亡命してから何度も何度も言う。あの笑顔は嘘だったのか、あの表情は、あの言葉は。今までの思い出は! 全て、嘘だったのか!
 嫌いだ。ハルの隣に立つ俺以外の男なんて。嫌いだ。こんなことになってさえも、ハルが好きな俺なんて。大嫌いだ。俺が嫌いだなんていうハルが。
 そんなことが頭の中で巡っていく。しかし、感情的ではない冷静な部分が告げる。
 ――ハルが俺のものにならないのなら、俺の手で殺してしまえばいい。そうすれば、彼女は誰のものにもならない。彼女は俺を嫌いだとは言わない。彼女との思い出は、穢されることもない。任務も達成できる。なんだ、最初から、そうしてしまえば――。

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mokuji