「ハル、」
 どうしてこうなったんだろうか。いいや、彼女がなぜそこにいたかは知っている。ボスから、エヴァから、そしてオセロットからきいた。彼女を殺すことが俺の任務であったように、彼女は俺に殺されることが任務だったとも聞いた。でも、俺が聞きたいのはそういうことではなかった。
 目の前の墓を呆然と見つめる。本当はそこに彼女はいない。そんなことはわかっている。俺たちがあそこに彼女を置いてきたのだから。
 あの時――ハルを殺す寸前、ハルは俺を愛していると言った。一瞬、錯覚かと思った。自分の願望なのではないかと。だから、彼女を見下ろした。彼女はただ、あの日々のように穏やかに笑んで眠っていた。額から血を流して。俺が聞きなおそうと、彼女に触れても、揺すっても、彼女はピクリとも動かなかった。当たり前だ。彼女は死んだのだから。
 ――俺が、殺した。
 そう、物事の側面だけ見れば俺は英雄だろう。核兵器を持ってソ連に亡命したイかれた女を、その女が引き金となってはじまった冷戦の危機を間違いなく止めたのだから。彼女を殺して。では、本質は? 俺も彼女も国に利用され――彼女は捨てられただけだ。あの子はこの国に忠をつくした、とはボスの言葉だった。彼女は汚名をかぶせられたまま、この国に帰ってくることなどない。歴史の中で俺の対として語られるのだろう。
 ――何度も描いたはずだった。ハルとの幸せな未来を。隣に彼女が並ぶ未来を。その道は、もう真っ黒に塗りたくられた。国によって、何より、自分の手によって。
 ――嫌いだ。彼女が死ぬようにそむけた人間が。嫌いだ。彼女を殺した俺が。大嫌いだ。彼女のいない世界なんて。
 ――この世界なんて、消えてしまえばいいのに。
 そう、手を握りしめる。この怒りを逃がす方法など、俺にはわからないのだ。

9

mokuji