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火祀くんと『腐れ縁』



 火祀くんが部屋から出てこない。心配になって覗くけれど、出てこない。振り出しに戻ってしまった、と心配そうに火祀くんの部屋の方を見たアキネちゃんに、俺もつられてそちらを見た。その時である。玄関から、すいません、と声が聞こえたのは。その声には聞き覚えがあった。俺は立ち上がると玄関に行く。そこにいたのはやはり近宮さんである。魚のワンポイントが入ったカバンを持った彼女は、やれやれというふうに「火祀先輩は知りませんか?」と首を傾げた。

「最近無断欠席が続いてるんで、色々連絡事項持ってきたんですけど」
「あー、それが、」

 そう言い淀んだ俺に、詩人が「近宮ちゃん、いいところに」と告げた。

「純くん、部屋にこもっちゃって」
「なんでまた、先輩そんなキャラじゃないでしょう?」
「あー、えー、と、なんか、家族のことを聞いたらそうなっちゃって」

 俺の言葉に彼女は首を傾げた。もしかして、何も知らない? 俺の言葉を代弁するようにアキネちゃんが「何か知らない?」と尋ねる。

「いえ、知っています。しかし、もう開き直ったのかとばかり」
「開き直った?」
「先輩も数奇な運命を辿ってますからね」

 そこで区切った彼女は、先輩の部屋は? と首を傾げた。

「え?」
「仕方ないので話し相手ぐらいになってあげようかと」

 近宮さんは肩を竦めて俺たちを見た。こっちだよ、と手招いた詩人に彼女はその後を追った。

 火祀くんの部屋は、鍵がかかっている。近宮さんは戸惑うことなく針金を要求し、慣れた手つきでその針金の形を変える。それを鍵穴に突っ込むと上下に動かす。

「って、ピッキング!?」
「奇術師をしてると、たまに必要になるんですよね」

 近宮さんは平然とそういった。カチャリ、という音がして鍵が開く。失礼しますよ、といった彼女は遠慮なく扉を開けた。
 ――感じたのは、負の感情だろうか。そこだけがどす黒く見えて息を詰めた。ポケットにいるフールが、ご主人様、と声を上げる。

「これは悪い兆候ですぞ」

 小声でそう告げたフールに、俺やアキネちゃんは近宮さんの前に出ようとしたが、彼女がそれを遮った。

「悲劇のヒロインならぬ、悲劇のヒーローごっこですか」

 そんな言葉に、黒い靄に囲まれた火祀くんは彼女を見た。

「てっきり、そういう運命だったんだと、振り切ったのかと思っていましたが」
「そういう運命なら、アイツは死んだはずだ、お前の兄貴に殺されて」

 その言葉に俺たちが目を見開いて近宮さんを見る。近宮さんは黙ったままだ。

「お前の兄貴がアイツを殺していれば」
「貴方には一つ目の家族がいた。そのかわり、私にはまともな家族なんていなかったでしょうが」

 まるで小説のような会話である。二人はおそらくそれで通じているのだろう。彼女は軽く息を吐いた。

「行きますよ、先輩」
「どこに」
「秀英です。貴方のウザバラシにつきあってあげます。明日、ちょうど秀英が文化祭なんですよ。その意味、わかりますよね?」
「……」
「では、仕方ないので明日の9時にお迎えに参りましょう。good luck、腐れ縁さん」

 話はそれだけだという風に近宮さんはひらりと手を振って扉を閉めた。そこで何か思い当たったのかもう一度扉を開ける。

「明日は制服でお願いします。転校するかもしれない程で向かいますから」
「……はぁ?!」
「馬鹿ですか、先輩。いくら文化祭といえどあの学校のセキュリティは優れてるんです。そういう程か中に知り合いがいるかぐらいでしか中には入れません。じゃあ、9時に」

今度こそ扉を閉めた近宮さんは廊下を進む。扉が勢いよく開き、純くんが足音を鳴らして追いかけていく。

「お前、また巻き込むつもりかよ!」
「おや? 私は巻き込むつもりなどありません。ただ兄があの事件に関しては不自然にぼやかすので調べるだけです。思い出話に花を咲かせようじゃありませんか。二人っきりに照れてるなら誰かを連れてきてもらっても構いませんよ」
「にゃろ!」

 そう手を振りかざした純くんに近宮さんはひらりと避ける。そして手を純くんの顔の前に差し出すとこの前のようにワン、ツー、とカウントをした。

「スリー」

 その瞬間、薔薇の花が現れる。青い薔薇だ。何が来るかと身構えていたらしい火祀くんはきょとんとしたが。近宮さんはそれを慣れたように火祀くんのポケットに差し込む。にこりと笑みを浮かべた彼女は、ではまた明日、と手を振って歩き出す。俺は火祀くんを見た。もう黒い霞はない。ポケットにいたフールが「いやはや」と驚いたような声をあげた。

「よほどお二人の相性は良いようですね。あの霞が拡散するとは」
「仲がやっぱり良いんだねぇ」
「あぁ?」

 詩人の言葉に火祀くんが眉間にシワを寄せた。最近画家に似てきたね、といった詩人に彼はあの人のほうが凶暴だろ、と告げ――後ろから来ていた画家にプロレス技をかけられた。
 そして俺と秋音ちゃんが誘われることになるのだけれど。

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