4
火祀くんと魔法使い
次の日、アパートに客人が現れた。クリとシロが居なくなったと思えば、玄関から誰かを連れてきたのだ。紫がかったような黒髪に黄色っぽい瞳をした同い年ぐらいの女の子だ。どこかで見たような既視感がある彼女に、アパートの住人だろうか、と思ったがどうやら違うようで彼女は口を開く。
「団欒中申し訳ありません。そこで寝ている方に用があってきたのですが」
そう告げた彼女に視線は火祀くんに向く。二日酔いに苦しむ火祀くんは起きそうもない。
「ああ、ごめんネ。純くん、二日酔いで」
「羽目を外したんですか。通りで学校でも酒臭い日かあると思いました」
そう肩をすくめた彼女は、火祀くんを見た。まぁまぁ座りなよ、と呼んだのは古本屋だ。
「申し訳ありません。このあと予定がありまして。元はこれを渡すつもりだったので。お渡しいただけますか?」
「わ、焼き菓子だ! 美味そう!」
「誰からって言えばいい?」
「これを見せたらわかると思います」
そう言って彼女はピンク色の薔薇の花束――花束といっていいのかはわからないけれど、ラッピングされたそれだ――を渡す。そして、クリとシロの頭をなでた。そして、上を見上げる。
「ここにいたんですか。探しましたよ。さぁ、かえりますよ」
彼女はそう言って手を伸ばす。それに反応したように羽ばたく音がして、あの真っ白な鳩は彼女の指にとまった。
「では」
そう微笑んで彼女は歩いて行く。どうやら鳩は彼女になついているらしい。と、いうことは。
「魔法使い?」
「そうだね、写真の子と似てたよ」
「でも、純に嫌がらせする子には見えないけどなぁ」
古本屋はそう言って彼女の去った先を見る。
「なんというか、凜とした子だったなぁ」
古本屋の言葉にこっそり頷いてしまったのは仕方がないことだと思う。
「……チカミヤが来てたのか」
そう頭を抱えて起きた火祀くんは薔薇を見て息を吐いた。あのあと、薔薇だけで相手がわかりものなのか、とぼやいた俺に作家がわかるんじゃない? 多分何か二人しかわからないことがあるんだよ、と言っていたが、本当にわかるだなんて。
「なんでわかったんスか?」
「ああ? チカミヤは趣味と仕事柄よく薔薇を扱うからな」
仕事柄? みたところ同い年ぐらいの女の子だ。働いているんだろうか。
そう淡々と告げた火祀くんは、で、と顔をしかめた。
「つまみになってる焼き菓子は俺に贈られた菓子折り、と」
「美味しいよ、純くん」
「うまいよ、純」
「おれのぶん!」
そうずかずかと大人に割り込んでいく火祀くんにクリとシロがくっついていく。るり子さんが薔薇をとり、花瓶に活けたのが見えた。
「さっきの子が魔法使いだよね? 彼女かな?」
「ちげーよ。彼奴が彼女とか絶対嫌だし、向こうもそう思ってる」
「なんていうか、凜としてていいこっぽかったけどなぁ」
「高嶺の花、って感じ!」
「憧れちゃう子もいるんじゃない?」
「だから女子生徒つり上げてるんだろ」
「火祀くんに嫌がらせする人には見えないけどなぁ」
俺のつぶやきに、火祀くんが「まあな」とうなずいた。
「本当はそんなことするキャラじゃないしな」
「本当に嫌がらせなの? イタズラじゃなくて」
「ああ、あいつもはっきり嫌がらせって公言してるからな」
「なに? やっぱり好かれてるんじゃないの?」
「いいや。俺が先にしかけた。チカミヤに言っちゃいけない事を言った。本来ならもっと酷いことをされとも仕方がないくらいの。だから嫌がらせをそのまま受けてる」
そう深刻な顔をした純さんに、こちらもつい深刻な顔をしてしまう。
「なにされてるんですか……」
「ある日は気づいた瞬間に鞄の中が薔薇だらけだったり、俺の鞄の中から鳩が飛び出してたり……」
「は?」
「貴方の筆記用具がなくなりますとか言われて目の前で筆記用具がなくなったり……」
「えええ?」
「この前はなんだったか……ああ、チカミヤにイラっとして殴ろうとしたら俺の制服から鳩が大量に飛び出した」
戸惑う俺やアキネちゃんをおいて、周りの大人はケタケタと笑い出した。
「本当に魔法使いみたいだね!」
「いつタネを仕込んだのかわからねぇから余計にタチが悪い」
火祀くんはそう言ってため息をつく。でも、それは嫌そうな顔ではなく――少し楽しそうな顔だった。
PREV 目次 NEXT