5
火祀くんは機嫌が悪い
火祀くんはクリとシロと仲がいい。俺の一年前にやってきたらしい火祀くんがあまり自分からクリとシロに構いに行くことはないけれど、それでもクリとシロが構って欲しいと言わんばかりに抱きつきに行ったりする。今日も恐らくはそうだったんだろう。長谷と一緒にアパートにはいれば、火祀くんの足元にへばりついたクリとシロが目に入った。
「ほら、パパとママが来たぞ」
そう言った火祀くんはクリとシロを残して自分の部屋に帰った。少し不服そうにしたクリはクルリと方向を俺たちの方に向けて駆け寄る。
「火祀さんって、子供苦手なのか?」
その問いに返事をする言葉が俺にはない。
「あー、違う違う、純はどう接すればいいのかわからないだけよ」
あれでも少しなれた方よ。
そうケラケラと笑ってみせたマリコさんに、俺たちは顔を見合わせる。今まで一番下だったから、小さい子の扱いがわからないんですって。マリコさんの言葉に俺は首を傾げた。一番下ってことは、末っ子っていうことだろうか。家族も謎だからねぇ、と笑ってみせた詩人に長谷が何かいいかけて――言葉を飲み込んだ。何だろうか、と考えていれば、純さんとアキネちゃんの会話が近づいて来た。それは穏やかな会話ではなく、喧嘩越しのようなそれだ。クリが驚いたようにそちらを見る。開いた襖から現れたのは見るからに機嫌が悪そうな火祀くんと、怒っているアキネちゃんだ。
「とりあえず、俺は迎えたくもないんだよ」
「ダメよ、そんなの」
「ヒトはヒトだろ。ほっとけよ。ガミガミガミガミ鬱陶しい」
そう明らかに不機嫌な火祀くんはるり子さんに「後で食いに来る」と告げてそのまま玄関の方へ向かった。アキネちゃんも怒りながら席に座る。
「どうしたの?」
「純くんが迎え火しないっていうのよ。会いたくねぇよって一点張りで」
そう困ったようにアキネちゃんはため息をついた。「迎え火?」と首を傾げた周りに、アキネちゃんは頷く。
「あのままじゃ、一生迎え火焚かないだろうから……」
「あー、それは多分、アイツが火が苦手だからだぞ。後極度の家族嫌い」
答えたのは画家である。
「火が?」
「むかし、キャンプに連れてった時があってな」
「あったあった、画家が荷台に嫌がる純を括り付けて行ったんだよねぇ。懐かしい」
詩人の言葉に画家は頷く。
「そん時に、コイツ無反応すぎるし機嫌悪いからキャンプファイアーすっかと思ったんだけどな。失敗だった。アイツに火、ゼッタイダメ。家族もダメ」
そう手をバツにした画家は何か知っているらしい。タバコを蒸して――何かを思うように画家は言葉を紡ぐ。
「アイツだって本当は迎えたいんだろうよ」
「すいませーん」
それからしばらく時間が経って、聞こえてきた声はあの女の子の声だ。それに合わせて火祀くんの声もする。庭先に現れたのはあの女の子である。
「離せ、チカミヤ」
「先輩、往生際が悪いですよ。サッサとお家に帰りなさい」
「殴るぞテメェ」
「やり返しますよ。ほら、先輩のお家です」
そう言った彼女に火祀くんが殴りかかる。が、彼女はしゃがんで避けると、ワン、ツー、スリー、とカウントをした。その瞬間、先輩の服から飛び出した鳩に目を見開く。羽が舞い落ちてくるが、それは彼女がたてたパチンという音で薔薇の花びらに変わった。
「凄い凄い! 魔法みたいだ」
自分は魔法を使えるというのに、古本屋はそう囃し立てる。かくいう俺だってそうだ。ポケットにいたフールが「素晴らしい!」だなんてパチパチと拍手をし、周りも歓声をあげて拍手をした。ただ、長谷だけが目を見開いて口を開く。
「もしかして、近宮遥?」
「おや、私を知る方がいたとは。二度目まして、近宮遥と申します」
そう優雅に礼をしてみせた彼女はミステリアスに笑う。本当に小説から現れた魔法使いみたいだ。
「チカミヤ? 長谷、知り合いか?」
「馬鹿! 昔一緒に行っただろ! 近宮魔術団のトップスターだよ!」
そう言って彼女を指差した長谷に、俺は考える。そして、ああ、と手を叩いた。
「あの魔女っ子だ!」
「そう、それだよ!」
確か、昔に長谷達にマジックショーに連れて言ってもらえたのだ。そこに彼女は確かにいた……気がする。三角帽子にマント、踊るようなマリオネットに宙を浮く彼女。それはまさに魔女や魔法使いで、タネなんてあるように見えなかったのだ。
盛り上がる俺たちに、彼女は苦笑いをこぼした。詩人が納得したように彼女を見る。
「近宮魔術団っていえば、世界でも有名な魔術団だった奴だね」
「そうですね。まぁ、解散してしまったので私は普通の高校生しているんですが」
「お前のどこが普通なんだよ」
「その言葉、そのままバットで打ち返しますね」
彼女はそう言って、火祀くんを見る。
「何にイライラしてるか知りませんが今日あの時間にあそこを歩かない方がいいですよ」
「何でだよ。俺の自由だろ」
「おや、では巻き込まれても貴方の自由ですね」
ニコリと笑った彼女に、火祀くんはあからさまに顔をしかめる。
「どこかで何かあるんですか?」
「ああ、いえ、起こりうる、というだけですよ」
「テメェは帰らなくていいのかよ、名探偵」
「兄から逆に近寄るなと言われまして。あと、私は名探偵なんて柄ではありませんよ。なるならばその好敵手、でしょうか」
ニヤリ、と不敵に笑った様は本当に小説に出てくるライバルのようだ。いうならば、怪盗とか、そういう感じの。
「……ということで先輩、ついでに涼ませてください」
「いいよー、おいでおいでー」
そう手招いた古本屋や詩人、画家に彼女は火祀くんの首根っこを掴んだままやってくる。暴れた火祀くんに、鳩が止まった。
PREV 目次 NEXT