蝋人形城殺人事件15
――現実は小説のようにうまくはいかないものである。
そう、それはわかりきったことだ。役者は紙面のように自分の思い通りに動くわけがないし、誰がどう動くかは人には予測することはできない。それと同じように、紙面に書かれた計画はその通りにいかない。一人であろうが、二人であろうが、人は遅かれ早かれミスをするだろうし、そのミスがどんなに小さいミスでも計画の破綻を招くのである。
――そう、その計画が、どんなに完璧なものであっても、だ。
じっと犯人の顔を見つめる。人形が並ぶ暖炉の間である。犯人を取り囲むように周りに人がいた。マジシャンは種を見破られたら潔く手を引くが、それは他の人には当てはまらない。
「俺達は知らないうちに暗示をかけられていたんだ。犠牲者は人形そっくりに殺され、死体はその人の部屋で見つかる――という『法則』さ!」
「確かに、この事件は第三の事件までその『法則』にのっとってるな」
「インプリンティング。いわゆる心理的刷り込み、というものですね」
はじまった推理ショーに、さて、とあたりを見渡す。ヤマトの肩には相変わらず烏が乗っている。烏は飼えないが、保護するぐらいはいいだろう。帰ったら、動物病院にいかないと。
周りに気付かれないように、そっと部屋を出る。見つけた目当ての物――配電盤のパネルを外し、とあるスイッチをいれる。コレでよし、だ。これなら嫌な予感も防げるに違いない。
そのまま何もなかったように帰るが、まだ推理ショー中だったらしい。元の位置に戻れば、明智警視と目があった。明智警視に苦笑いをし、視線を感じたのでそちらをみればヤマトと烏が首を傾げていた。それに笑みを返すと、はじめちゃんの推理ショーに耳を傾ける。
アンダーソンさんの事件の際、犯人が人形になりすまし、私達をやり過ごしたこと。自分の体が動くことを想定し、この城の電気を全てロウソクにしたこと。見ただけで『蝋人形』だとわかるように、ゲストの蝋人形の作りを荒くしたこと。全てのことを計算しつくしたのがこの計画なのである。
しかし、その計画は紙面にしか過ぎない。犯人は決定的な証拠を二つ残してしまったている。やはり、紙に書いた計画を実行するのは難しいのだろう。高遠さんが描いた計画でさえ、マリオネット達が台無しにするのだ。この計画も、高遠さんの計画も、もう少しで、完璧犯罪になり得たのに、ね。
「アンタは間違えてコレも暖炉に放りこんじまったんだ! そうだろ! Mr,レッドラム! いや――多岐川かほる!」
そうはじめちゃんに指摘された彼女は震えていた。
「なぁ、アキ。さっき、何しに出てたんだ?」
ちょこちょこと寄ってきたヤマトに、「秘密です。使うかもしれませんが、使わないかもしれません」と首をふる。不服そうにしたヤマトに、ふふ、っと笑って犯人に目をやった。
「ヤマトは――、犯人が自殺しそうになったら止めますか?」
「あたりまえだろ?」
「では、犯人が死ぬことで会えない存在に会えるとしたら?」
「それでも、止める。死にたきゃ、別のとこで死ねって話だし、生きていた方がいいに決まってる。つーか、俺は死後の天国とか地獄とか信じてねーよ」
ニコリと笑って、指を鳴らす。ソレと同時に上からは水が降ってきた。マジックのようにうまくいったタイミングにほっとする。起動してくれてよかった。
「スプリンクラー!?」
「そんな、どうして、」
「配電盤を見つけたので、スプリンクラーの電源を入れさせていただきました。ここがテーマパークなら、スプリンクラーは必ずあるはずでしょう?」
炎がおさまり始め、多岐川さんがコチラに銃を向けた。明智警視が私を庇う。
「邪魔をしないで! 私には、彼の芸術作品を完成させる義務があるの!」
「――そうでしょうね。しかし、私達にも貴方を止める義務があります。現実は紙面のようにうまくいかないものですよ」
多岐川さんが銃を私の方から自分に向ける。バイバイ、探偵さん、だなんて言葉に、何時かの彼女を思い出す。
その時だ、ヤマトが多岐川さんに突撃をかましたのは。
バランスを崩した多岐川さんは後ろへ倒れこむ。銃の照準がくるい、弾は多岐川さんの鼻をこすって壁に食い込んだ。地面に倒れた衝撃で手放された銃は明智警視が拾う。
「っ! 死なさせて頂戴!」
「いやだ! アンタ死んでその恭次さんと会うつもりなんだろうがな! 会えねーよ! 地獄だとかそういうのはどうでもいい! 人間、死んだ相手には会えねぇんだよ!」
「っ、それでも私は――」
「なら、私が殺して差し上げましょうか?」
そう言って懐から、銃を取り出す。固まった周りとヤマトに、多岐川さんは目を見開いた。
「何、一瞬です」
「アキちゃん!?」
「アキ……?」
銃を多岐川さんに向ける。止めようとする周りを置いて、私は引き金を引いた。
パン! と乾いた音がなり、起き上がっていた多岐川さんが倒れる。「アキ、何して!!」というはじめちゃんと、悲鳴を上げる美雪ちゃん、明智警視とコロンボさんが私の手を拘束しようとした所で、ヤマトがため息を付いた。
「アキ、グッジョブって言いたいけど、いろいろアウトだろ。焦ったし、この手口に似たのは前に見た。北海道で」
「ふふふ、殺すわけ無いでしょう?」
そう言って、銃を明智さんに渡す。ソレを見た明智さんがため息を付いた。
「うまく騙しましたね、アキさん」
「ありがとうございます」
「おいおい、どういうことだよ」
狼狽える真木目さんに、マリアさんとコロンボさん、はじめちゃんが多岐川さんに近づいた。
多岐川さんの周りには赤い薔薇が散っている。私が狙った場所――こめかみには、赤い印がついていた。そう、打ったのは何処にでも売っているBB弾の銃だ。マジックに使うから所持をしていたが、こういうことで役に立つとは思っていなかった。
「撃たれてない……?」
「それに、これは薔薇の花って、あ゛!」
固まったはじめちゃんに、笑みを浮かべて手を降っておく。首を傾げた明智さんに、この前、あの露西亜館で高遠さんが似たことをしてたので、と告げておく。明智警視からは変な視線を頂いた。
多岐川さんが意識を取り戻し泣き崩れてしまうのも、剣持警部が迎えに来るのも、それから時間はかからなかった。どうやら明智警視が事前に連絡をしていたらしい。彼女には申し訳ないことをしてしまったな、とパトカーに乗せられる彼女に近づく。幸いなことに、彼女のパトカーには、明智警視も剣持警部ものっていない。
「多岐川さん、貴方の気持ち、よくわかります。恐らく、私も貴方の立場ならそうなるでしょう」
「――同情はいらないわ」
「同情ではありませんよ、私の恋人は――――――」
そっと多岐川さんの耳元で言葉を囁く。目を見開いた彼女に、秘密ですよ、と言えば、パトカーを動かすから、と警察官に言われてしまった。閉まった窓に、笑みを浮かべたまま手を振る。彼女がどうなるか、は私は知らないし、彼女が私の言葉を真実としたのか嘘としたのかも、私は知らない。