彼女と黒色


 向かってきた黒いベストを着た男性に、その女性は手を振った。男性はソレを見てため息を付くと、女性の座るベンチに座る。そして、流暢なドイツ語で口を開いた。

「久しぶりだな、マリア」
「お久しぶりですね、龍一さん」

 ニコニコ、と女性――マリア・フリードリヒが笑えば龍一と呼ばれた男は頭をかく。飯塚龍一。世界的ミステリー作家にして、とてつもなくトラブルメイカー。マリアの知り合いの刑事が『事件ホイホイ野郎』といっているが、そのアダ名は的を得ている。マリアが彼と出会ったのは事件ではなく、彼が小説の取材と称し妻のアリスとマリアの家を訪ねたことだ。しかし、しっかりとその後に事件は実際に起きているし、その後もマリアが龍一と出会うたびに事件は起こっていた。恐らく、今日も起こるのだろう、とマリアは思っている。

「アリスさんは?」
「アイツの兄の知り合いと飲みに行ってる。で?」
「?」
「城はどうなったんだ?」
「殺人事件が起こって、有耶無耶になってしまいました」
「は? 殺人事件?」
「帰国する際、アリスさんに連絡を入れたんですが『だって龍一が見つけたツアーだものね』って笑っていましたよ?」

 そうマリアが言えば龍一は項垂れた。その姿に、クスリとマリアは笑う。「折角ドイツの最年少監察医という嘘をついてまで参加したのに残念だったな」と告げた龍一に、マリアは首を振った。

「でも、悪いことばかりじゃありませんでした。貴方の息子さんと娘さんに出会いましたよ?」
「は?」
「ミステリーナイトに参加してました。息子さんは貴方に顔立ちが似てますね。娘さんはアリスさん似でした」
「まて、またあいつら事件に巻き込まれたのか?」
「? はい。今では息子さん――ヤマトくんとメールする仲です」
「おいおい、息子をたぶらかすなよ」
「いえ? 監察医になりたいらしくって、質問が来るんですよ。龍一さんに教わったと書こうとしましたが辞めました」
「正解だ。というか、なんで監察医なんかに興味持ったんだ」
「私と同じ理由みたいです」

 マリアの言葉に、龍一はぎゅっと眉を顰める。そして息を吐いた。
 マリアは正式な監察医ではない。まだ医大生だ。ただ、持っている知識は正確なものである。その大半は龍一から教わったもので、彼女が彼に教わった理由は「あまりにも殺人事件に出くわしてしまうので、捜査をいち早く終わらせるため」だ。最初は警察も半信半疑だったが、マリアの見識があまりにも当たるため、警察側も聞き入れるようになったのである。ソレと同じということは、恐らく相当な事件に巻き込まれているのだろう。

「まさか、俺の体質が遺伝したか……?」

 そんな言葉を零した龍一に、「そうかもしれませんね」とマリアはまた笑みを浮かべた。