突き放す
それはとある休日だった。鳴り響いたチャイムの音に、アキは首を傾げながら玄関へ向かう。俺もアキの背中を見送り、こっそりと玄関を覗いた。
扉の前にたっていたのは、アキの恋人である高遠だ。アキは嬉しそうに「高遠くん!」と笑う。当の高遠も、アキをみて表情を緩め、そのままアキを抱きしめた。なんだか今日の高遠は、記憶の中にいる高遠と少し様子が違うように見える。焦ったようなアキの声が聞こえたが、高遠は何も返さないままアキを抱きしめている。途中で抵抗するのを観念したらしいアキが、「高遠くん?」と首を傾げた。高遠は今だ、何かを切り出そうかどうか迷っているようである。やはり、様子が違う。
かれこれ、数分たって、やっと高遠が口を開く。
「アキ、別れよう」
その酷く尖った刃は、アキの心臓を一突きしたらしい。アキは目を大きく見開いた。俺はドラマでよく見る男女の別れのシーンをみている気分に陥った。
「じょう、だん、ですか?」
「いや、冗談じゃない、別れよう」
「どうして、ですか?」
アキの問いに、高遠は何も返さない。ただ、高遠自身も何処か辛そうに見える。
「海外で、好きな人、できました?」
「それはないよ。でも、別れよう」
アキが顔を泣きそうに歪めるのがわかった。はじめてみる顔だ。高遠もそうだったのか、目を大きく見開いている。嘘や、ドッキリにしてはたちが悪いことを高遠はわかっているはずなのだ。なぜなら、アキは大切な人の頼みを断ることを知らない。俺のわがままも、高遠の言葉も、否定をしない。
「……わかり、ました。別れましょう」
泣きそうになりながらも微笑んだアキは、くるりと高遠に背を向けた。高遠もそれを確認すると扉を閉めて外へ出る。そんな高遠を引き止めることもなく、自室へ戻ったアキを慰めるのはこの際、後である。先に高遠に問い詰めるのが正解だろう。まだそう遠くにいってないだろうから、と、靴を履き、外へと向かう。やはり、高遠はまだそんなに遠くまでいっていなかった。
「高遠さん!」
俺が声を掛けると、こちらに気付いたらしい高遠が振り返る。立ち止まってくれたので、そのまま近づいた。
「ヤマトくんか。何かようかな?」
「……俺、アンタとアキが別れればいいのに、ってずっと思ってた」
「……」
「でもな、あんなアキをみて、そうは言ってられないんだよ。別れを切り出す真相は何なんだよ?」
はっきり聞いてみる。小細工もなしだ。高遠はピクリと動きを止めたが、すぐに動き出す。
「子供には難しい話さ」
「じゃあ、子供にもわかるように教えてくれ。別れを切り出すだけなら、アキを抱きしめる必要はないはずだろ?高遠さんは別れたくないのに、別れざるおえない状況なのか?」
「そう、かもしれませんね。でも、別れを切り出したのは私の意志だ」
「……アキを裏切るんだな」
ぼそり、と呟くが、聞こえなかったらしい。話は終わりにしよう、と話をきった高遠に、俺は背中を向ける。捨て台詞として「アキが他のやつの良い嫁になってもしらねーからな!」と雰囲気をぶち壊す言葉を吐いてみる。それに高遠が何かを告げたが、俺には聞こえなかった。
帰り道、アキにとって高遠とはどんな人物なのだろうか、と考える。アキの孤独を救ったのは間違いなく高遠で、その高遠が消えてしまったら、その穴は誰が埋めることもなく存在し続けるに違いない。それは、逆も同じなのだろうか。思い起こせば、あの話をしている時、何かを耐えるように高遠は、 ずっと手を握りしめていた。抱きしめていたのだって、別れたくないからだと俺は思う。何かが、起こるのか。
「何かが、起こる?」
一つの事件が頭に浮かんだのは、アキの部屋の前にたった時だ。部屋からは押し殺した泣き声が聞こえる。
「まさか、起こるのか?」
魔術列車殺人事件。高遠が、地獄の傀儡師として生きていくきっかけとなる事件。
「だから、」
別れを切り出した? 自身が殺人に手を染めるから。
あくまで仮定のそれに、なんとも言えなくなる。どうすれば、いいのかなんて考えは全く浮かばなかった。