一番目の奇術師は。



 さてさて、これはどうしたものか。
 そう高遠は考える。
 自分は指名手配されている犯罪者だ。それは多くの人が知る事実であり――目の前にいる彼女は通報するべきだと思うが。

 仕事が落ち着いた頃、一度アキのもとに行こうと米花町を歩いていれば、誰かに掴まれた腕。高遠が振り向くといた彼女は、確かにマジシャンの友人である。知らない人の振りをして巻くかと思ったが、彼女は高遠を引きずるように歩き出した。方向からすると、警察署でも交番でもない。彼女は気が強い。説教されるのだろうか。そう思う高遠を他所に彼女は店に入った。通されたのは個室である。

 ――そして、最初に戻る。
 彼女は何も切り出さない。高遠がため息をついてこちらから切り出すか、と思った瞬間彼女は口を開いた。

「手伝ってくれないかしら」
「手伝うとは?」
「殺したい人がいるのよ」

 その台詞に高遠はもう一度ため息をつく。

 ――これは困ったことになった。

 とりあえず、彼女の話を聞く。なるほど、と高遠は思う。どうして自分に話を持ちかけてきたのかも。
確かに彼女には兄がいたとは聞いていたが、そういう死に方をしていたとは。
 欲に眩む人間は何処にでもいるらしい。高遠は置かれたコーヒーに口をつける。
 左近寺達は師匠を殺す事で名声を手に入れたが――九十九元康は弟子を殺す事で自分の名声に縋り付いたのである。
 ――では、彼女をマリオネットにしてしまおうか。彼女ならば美しいそれを成し遂げれるだろう。高遠はそう提案しようとしたが、そのまま彼女――三好麻子がトリックを告げた為、高遠はなんとも言えなくなった。

「私は先生ではないんですけどね」
「いいじゃない、参考にするだけよ」

 ――それからしばらくして。
 九十九元康が自殺したというニュースがマジシャン界隈で報道されてしばらく立った頃、高遠の元にメールが届いた。相手はあの三好麻子からだったが、どうも様子がおかしく感じる。非通知で電話してみると、彼女は事件の報告をし、高遠は義務的におめでとうございます、と告げる。
 様子がおかしいのは気のせいか、と思い、切ろうとすれば彼女が口を開く。

「もう一人、殺したいの」
「貴方の復讐の相手は彼だけでは?」
「もっとアイツを絶望させたいのよ!」

 ――娘を殺してね!
 そう告げた三好に高遠は動きを止める。たしか、九十九元康には幼い娘がいたはずである。しかし、娘はどう考えても関わっていない。それに、もしその子供を殺すのなら九十九元康を殺す前ではないか。順序がどう考えてもおかしい。

「無差別になりますよ」
「いいのよ!」

 そう叫んだ彼女に、ああ、彼女の歯車は壊れてしまったのかもしれないと高遠は思う。残念ながら、私はもう手をお貸ししません、とだけ高遠は告げて電話をきった。

「……なるようになりますか」

 もう彼女のあれは、復讐劇でも何もない。自分のマリオネットなら恐らく殺しているだろう。

 そう息を吐いて、高遠はアキのいる公園に足を踏み入れ、止まる。
 アキが誰かと話している。それはあの、黒羽快斗という少年ではない。年齢は自分に近いし――何よりマジシャンだ。真田一三と言ったか。
 彼の影からヤマトが現れると真田一三について行き、呆れたようにアキも続いていく。あの恋人に限って浮気ではないだろうが、あまりいい心地はしない。これは、帰宅するタイミングを見計らい彼女と会うべきだろう。そう高遠はその公園を後にした。
 その時はそれでいいと思っていたのだ。そう、その時は。


「しばらくここにいます」

 そう告げた高遠に、ヤマトはしかめっ面をしてアキは嬉しそうにした。正反対の反応である。
 何故、高遠がそう言ったかというと、この前の路地裏での話とヤマトの証言ある。
 どうやら真田一三はアキに好意を寄せているようだ。アキは否定するが、あまり彼女の言葉は信用できない。こういう点に関しては疎いところがあるのだ。特に、年上からのそれは。
 予備知識なしで聞いても、食事を奢ってもらったり、話をしたり、薔薇の髪飾りを貰ったりしている。コレはどう考えてもスカウト云々の話ではない。
 ――恐らくではあるが。
 この恋人は真田一三の傷心に無意識につけ込む形になったのだろう。
 これは、牽制するべきだ。そう高遠が結論を出したからこその言葉である。

「ああ、でも今回はアキのお手数になりますが、お弁当が欲しいんですよ」
「お弁当ですか? 大丈夫ですよ」
「なんで弁当なんか。どうせ家にいるんだし、家で作ればいいじゃねぇか」

 そう呟いたヤマトに高遠は口を開く。

「いえ、しばらく、講師をしますので」
「はぁ!?」
「あ、そうだ。アキ、よければ夏期講習に来ますか?」
「夏期講習……」

 少し悩むアキに、高遠はクスリと笑う。ヤマトが気がかりなのだろう。ヤマトが食いつくように口を開く。

「何処の塾?」
「スパルタで有名な獄門塾ですよ」

 高遠の言葉に、ヤマトが唖然とした表情をした。