狙撃手の名は蠍


「コレは予想外ですね。まさか、ふってくるとは」

 そういったのは高遠さんだ。ぐっしょりと濡れて意識を失っているのは例の怪盗キッドさんである。彼の特徴であるモノクルはないけれど。
 ディナークルーズ、というか、高遠さんが運転する船に乗っていたら彼が近くにふってきて海に落ち――高遠さんが助けて今に当たる。
 目元に何かかすったようなケガをしているらしい。そのまま現場から遠ざかるように船を動かした高遠さんもずぶ濡れである。というのも、彼は海に入ってキッドを引き上げたからだ。
 とりあえず、もっていたタオルでキッドの傷を手当する。ぽつりぽつりと彼の鳩が心配そうに彼の周りに座る。よく訓練された鳩だ、と高遠さんは呟いた。

「ほら、君たちは家に帰りなさい。ご主人はどうにかしますから」

 高遠さんはそうって手をたたくと、鳩達は一斉に空に舞う。白い鳩は目立つがしかたないだろう。その羽音に、だろうか。怪盗キッドがピクリと動いた。どろり、というか、ぼんやりとした表情でこちらを見た彼は私の名を呼ぶ。それはやはり快斗くんの声である。

「――大丈夫ですか? 怪盗キッドさん」
「っ、ここは!」
「警察の船ではありませんよ、私がチャーターした船です」

 彼女とデート中だったんですが。
 そう答えた高遠さんに怪盗キッドはこちらを見る。

「……それはそれは、お邪魔を」
「いえ、元々我々は貴方の逃走ルートを予測した上でここにいましたから」
「……私を捕まえる気ですか?」
「いえ? 手負いの鳩を捕まえるなんて簡単でおもしろくもないことはしませんよ」

 双方を竦めた高遠さんに、キッドは何か言いかけたが、それより先に高遠さんが口を開く。

「理由が欲しい顔ですね。貴方を警察に差し出した所で、でしょう?」
「犯罪者は警察に突き出すものでは?」
「私については、ノーコメントといっておきましょう。彼女は心優しいですから、怪我人を警察に突き出すような真似はしませんよ。――しかし、私は貴方に興味があります」
「興味?」
「貴方は個人的な理由で盗む時は、どうして大きな宝石ばかりを狙うのか……いえ、コレは私の推測ですが、貴方の先代の死と関わりがあるのではと思いましてね」

 その言葉に、怪盗キッドは答えない。高遠さんは「答えなくて結構」と言いながら手を差し伸べた。

「その復讐、お手伝いしましょうか?」

 そう嗤った高遠さんに、怪盗キッドが目を見開き――手を強く握った。そして、しばらくの間を開けて、たっぷりと息を吐き、首を左右に振る。

「いえ、結構。私は復讐のために生きているのではありません。そもそも、先代がどうの、なんて関係のない話だ。私は『怪盗キッド』なのだから」
「そう、ですか」
「――今度は私の番です。ミスター。私も貴方に興味がある」

 じっと高遠さんを見た怪盗キッドは少し私の前に立った。高遠さんが面白そうに目を細める。

「貴方は何者なんですか?」
「貴方とは似ているようで真逆の存在、とでもいいましょうか。交わることはあるでしょう。しかし、どうやっても同じ方向を向くことはない。同じ数式でも、+と−で違う傾きの線になるように」

 そう答えた高遠さんは「ま、」っと肩をすくめて雰囲気を変える。「冗談なんですけどね」とあっけらかんと告げた彼に、怪盗キッドは目を瞬いて唖然とした。

「――昔、役者志望だったんですよ。人を騙すのは得意なんです。怪盗キッドを騙せるとは中々の演技力でしょう?」

 クツリと笑った高遠さんに怪盗キッドは息を吐いた。

「それを聞いて安心しました。一瞬、彼女が近くにいてはいけない存在かと」
「初対面の女性を庇うとは中々やりますね。しかし、人の彼女だということをお忘れなく。ほら、アキ、怪盗キッドの後ろにいないでコッチに来なさい。やっぱり警察に引き渡しましょう」

 手招いた高遠さんにとりあえず、高遠さんの方へ行く。どこからかモーター音が聞こえてる。彼はそちらを見た。私もそちらを見る。警察の船ではなさそうだ。

「お仲間さんですか?」
「――ええ、まあ」

 そう言った彼はハングライダーをみるなんとか飛べそうである。彼は背を向けた。高遠さんはその背中に投げかけるように怪盗キッドに言葉をかけた。

「ああ、そうだ、貴方にオススメしておきましょう。警察官に化けて警察署の中から警察を騙せば楽なのでは? 色々と」
「……」
「冗談ですよ。いくら貴方が変装の名人だからと言って、そんなリスクおかせないでしょう?」

 そう肩を竦めた高遠さんに、怪盗キッドは私の手を取ると手の甲にキスをした。

「お嬢さん、こんな危険な思考を持つ男はやめておいたほうがいいのでは?」
「危ない人を遠ざけてくれているのが遠山さんなんですけどね」

 表書きにはそうなっているため、そう返す。彼は「あまり深入りしないように」と告げて何かを落とした。眩しい光からして、発光弾だろう。目が機能するようになったときには彼はいなかった。白いものが空に浮かび、遠ざかるモーター音がする。怪盗キッドは仲間に合流したんだろう。

「勧誘失敗ですね」
「ええ、そうですね」

 高遠さんはそう言って私の手をとる。その手は冷たい。

「高遠さん、そのままでは風邪を引いてしまいます、戻りましょう?」
「そうしましょうか、」

 そう告げた高遠さんは私の手にキスを落とす。それに、もう! と怒れば消毒だと言われた。
 その後合流したヤマトはどこか動揺しているようである。大丈夫かと聞いて、缶ジュースを差し出せば――飲み終わる頃には平静になっていたけれど。
 ちなみに、もとに戻ったヤマトになんで濡れているか問い詰められた高遠さんは、普通に私が落ちかけたからと答えていた。ちょっと不服である。

「アキが何か落ちる音を聞いて、海を覗き込んだんですよ。そうしたら、ずるっと」

 高遠さんの言葉に仕方ないのであわせておく。警察にそれは怪盗キッドではなかったか、と聞かれたがわからないと言っておいた。高遠さんの頬をつねった刑事さんはあんまり好きになれそうもない。