狙撃手の名は蠍
「なあ、なんで夏美さんの苗字なんて聞いたんだ?」
自室に戻ってそう尋ねる。キッドの鳩はコナンのもとにある。アイツおとなしくて可愛いんだよな。あの烏とはぜんぜん違うというか。ついでにあの烏は野に放した、が、毎日のように俺たちの家のベランダに来てる。というか住み着いている。お前は野生のはずだろ! というが、俺やアキにすっかりなついてしまったらしい。帰り道、とか、俺の帰りが遅いとアキに頼まれてかなんか知らないが、時々俺を迎えに来る。アイツは俺のセコムか。おかげで理由の知らない小学生(ちなみに探偵団は理由を知っている)から「烏使い」の称号を得たわ。そんな称号はいらねえ。――まあ、そんな話は置いておいて。
「香坂喜市、というからくり職人がいたんですよ」
「香坂喜市?」
「ええ。昔、イギリスにいた時博物館に展示されてましてね。彼は万博でこう評されているんです。――世紀末の魔術師、と」
「世紀末の魔術師?」
「ソレだけ彼のからくりは優れていたんですよ。16歳の若さで出展したこともあいまって、だと思いますが。あのエッグの仕掛けに、鏡、そして喜市という名前と夏美さんとの関係と苗字。すべてを考えると彼女の曽祖父は香坂喜市だ」
高遠の言葉にふうん、と返事をする。からくりはあんまり見たことがなかったが、そういう展示を見るのも面白そうだ。アキも興味を持ったのか、今度見に行きましょうか、と俺にいった。うん、是非とも行きたい。
「ってか、からくりとか興味あるのか?」
「マジックのタネにつかえますからね。まあ、見に行ったのは、その当時の師に半額券を渡されたからというのもあります」
「高遠の師匠」
「なんです? 私にだって師匠はいますよ。……マジシャンの、ですが」
そんな俺と高遠のやりとりに、アキがクスクスと笑いながら俺の目の前にアップルジュース、高遠の目の前に紅茶を置く。ノック音が聞こえてアキは返事をして扉に近づいた。
アキが扉を開けた先にいたのはカメラを構えた寒川さんである。彼を見上げたアキに、彼は「いいね〜、その表情。いただき〜」と笑いながら去っていった。新手のイタズラビデオか。上機嫌そうな口笛が聞こえる。アキはソレを見送って扉を締めると不思議そうに首をかしげた。あれが一体何なのかわかっていないようである。
「……?」
「アキ、ただのイタズラですよ。ドアを開けたときの表情を撮って回っているんでしょう」
「乾さんたちもですか?」
「あんな人のものを撮ってどうするんですか。女性陣だけでしょう。ほら、」
そう手招いた高遠に、アキはそのままソファに座り、自分の分のティーカップを手に取る。するともう一度ノック音が聞こえた。立ち上がったアキを制して、今度は高遠が扉を開ける。
「はい?」
扉の先は園子嬢だ。隣りにいるコナンは死んだ目をしているのをみると引きずられてきたんだろう。
「あ、遠山さん! 今から蘭たちとお茶するんですけど、アキちゃんやヤマトくんと来ませんか?」
「いいですね、アキ、どうしますか? 」
「せっかくですし、行きます。準備しますから――」
「ねー、ヤマト! 一緒に青蘭さんのところにいこうよー!」
そう言って高遠の足をすり抜け、俺の近くにやってきたコナンは俺の手を無理やり引く。同じくぶりっ子をして、やだよー、と言おうとすれば、アキが園子嬢に「お願いしてもいい?」と尋ねてた。解せぬ。俺に拒否権はないらしい。
「オッケーオッケー! アキちゃんは遠山さんとゆっくり来て! 蘭の部屋だから!」
「うん、ありがとう」
そのまま引きずられるようにコナンに続く。最後のあがきと思いながら部屋を見れば、高遠が涼しい顔してひらりと手を振っていた。
辿り着いた先は青蘭さんの部屋だ。すぐ用意しますから、と言った青蘭さんの部屋はあまり物がない。普段持つ荷物が少ない人って結構いるものだ、と思う。そのイメージの筆頭は高遠なんだけど。まぁ、アイツは基本逃亡生活をしてるから当たり前というか。
青蘭さんの部屋にあるのは写真立てくらいだろうか。何か書かれているそれを見ていたらコナンもソレを見つけたらしい。グリゴリー……その先がよく見えない。園子嬢の恋人発言に戸惑って「ええ、まぁ、」と答えている当たり、恋人の写真ではないのだろう。家族とかか? と考えていれば、青蘭さんは写真を伏せる。
そしてやってきた蘭さんの部屋。入れば当たり前だが、アキと高遠がいた。高遠が紅茶を入れて、アキはお菓子を並べていた。奥には鳩がいる。相変わらず大人しいやつである。
始まったお茶会。しばらくは雑談をしていたが、不意に話は夏美さんの話になる。二十歳で巴里に修行とはなかなかすごいな、とおもったが、高遠のほうが早くに日本から出ている気がする。
「だから、時々変な日本語使っちゃって」
「ああ、わかります。とっさに外国の言葉がでたりしますよね」
そう答えた高遠に園子嬢と蘭さん、コナンが目を瞬いた。
「遠山さんも海外にいたんですか?」
「高校卒業後、数年間留学を」
「というか、遠山さんは高校時代以外は確か、殆ど海外ぐらしでしょう?」
アキの言葉に、高遠は「ええ」と頷いた。
「変な日本語はしかたありませんよ。日本語は難しいですから」
肩を竦めた高遠に、青蘭さんも同意した。俺からすれば中国語も難しい気がするけど。夏美さんが「変な言葉といえば」と口を開く。
「子供の頃から妙に耳に残っている言葉があるのよね」
「へえ、なんですか?」
「バルシェ・ニク・カッタベカ」
「バル……?」
首を傾げた俺に、アキも高遠も不思議そうにしている。
「バルシェ・ニク・カッタベカ。バルシェっていう人が肉を買ったかしら? と言う意味だと思うんだけど、その人に心あたりがないのよね」
そのまんま、とうことではないんじゃないだろうかと。日本語ではなく他の言語とか。しかし、この中で一番強いはずの高遠も不思議そうにしているので思い浮かぶことがないのだろう。そんな中、蘭さんが夏美さんを見て何か気づいたらしい。蘭さんが口を開く。
「あれ? 夏美さんの瞳って」
「そう! 曽祖父も祖母も同じ色で――多分、曾祖母の色を受け継いだんだと思う」
「そう言えば、青蘭さんの瞳も灰色じゃない?」
「本当ですね」
アキはそう言って青蘭さんを見る。確かに灰色だ。園子嬢が中国の人も目が灰色なのかな、といっていたが、同じアジア圏内だし茶色系や黒が多いはずだ。恐らくは俺達みたいに何処かで血が混ざっているのだろう。確か、灰色の人が多いのは北の方、ロシア、フィンランド、バルト海沿岸の国に多かった気がする。夏美さんは曾祖母がロシア人だから、で、青蘭さんもどこかでロシア系の血をひいたのかもしれない。
「アキさんとヤマトくんは目が青いのね」
そう告げた青蘭さんに、アキが「祖母の関係で……」と言葉を濁した。
「アキちゃんのおばあちゃん?」
「うん、私とヤマトは血筋的にはクウォーターなの。祖母がヨーロッパ出身で」
「へえ、ヨーロッパのどちら?」
「確か、フランスだったはずです」
「まあ!」
「でも、今までで二度しか会ったことがないのであんまり覚えてないですが……それにしても、蘭ちゃんと青蘭さんの名前、おそろいだね」
話題をわかりやすくすり替えたアキだが、他はそんなに気にしていないらしい。気づいたのは俺と高遠くらいだろう。しかし、俺も祖母がフランス人だとは聞いていたがどういう人かは知らない。と、いうのも、俺は両親の他の親戚に会ったことがないからである。まあ、これからも会うことはないんだろう。
アキの振った話題に、蘭さんが頷く。
「うん、私も思ってたの!」
「ふふ、中国後では青蘭はチンラン。浦思はプースと読みます」
「じゃあ、名前はプース・チンランになるのか?」
そう首を傾げれば、青蘭さんは頷く。
「蘭は中国語でもランなんですね!」
喜んだ蘭さんに青蘭さんは『毛利蘭』が中国語でなんと読むのか教えてくれる。ちなみに飯塚は「ファンヂョン」で遠山は「ユェンシャン」らしい。ダレンシャンみたいだな、と思った俺は悪くない。ファンヂョンは読みにくいけどな。
そのまま話題は流れ、誕生日の話になる。青蘭さんと夏美さんは同い年で、尚且つ、誕生日も近い。そして、その誕生日は間にコナンを挟む、と。……おいおい、誕生日ばらしてよかったのか。蘭さんなんか勘付いてんぞ。
「誕生日ゴールデンウィークだったのか?」
「まぁな」
「ふうん」
「そういや、ヤマトは?」
「俺の名前」
「名前?」
「……推理してみたらどうだ?」
そうニヤリと笑って紅茶を飲む。コナンは目を瞬いた。それから誕生日を当てる戦いの火蓋が落とされたとだけ言っておこう。まあ、雑学がないと正解は難しいし、恐らくはコナンがわからない範囲の雑学だ。さて、名探偵は何時正解できるやら。