狙撃手の名は蠍


 暗い廊下の先を進む。どうしてパスワードが世紀末の魔術師だったか。夏美さん曰く、それは香坂喜市が16歳でパリ万博にカラクリ人形を出したからついた呼び名、らしい。時は1800年の後半。まさに世紀末というわけである。それを知ってた高遠は褒めたくないが博識だろう。
 不意に聞こえた物音に、コナンと一緒にそちらを見る。分かれ道、だ。ただ、細い道なため、俺達が進んでいる方向が正しい。脱出口の一つだろう。

「今、」
「ああ、なんかかすかに物音が」

 俺達の言葉に、全員が分かれ道の先を見る。「僕ちょっと見てくる!」と駆け出したコナンに続いてオレも駆け出した。
 まぁ、その先にいたのは――。

「この世で貴女の愛を〜」

 ――少年探偵団だった、ってわけであるが。
 まったく、というか、なんというか。大合唱をする三人を温かい目で見つめておく。アキがオレに一緒にうたわないんですか? と若干期待のこもった目でみてくるが無視だ。灰原も「あら、期待されてるわよ」とか言ってくるが無視だ。
 俺は! 外見は! こうだけど! 中身は! 大学院生である! 恥ずかしくて死ぬ!
 黙る俺にコナンがこちらを見る。

「なんだよ?」
「いや、」

 そう首を左右に振ったコナンに首をかしげる。なんだよ、今日、俺はコイツに違和感しか抱いてない。そんなこんなしていると、前を進んでいた人の足が止まる。少年探偵団の合唱も止まる。目の前にあるのは壁である。中央には二つの頭を持つワシが冠を被った姿と、その後ろには太陽が描かれている。

「皇帝の紋章だな」
「皇帝の?」

 そう振り向いた歩美ちゃんに「偉い人のマークってこと」といえば納得した。まあ、王冠をかぶっている双頭のワシの紋章はすくないない。ロシア連邦の国章、ロシア帝国の小紋章をはじめに、セルビア・モンテネグロの国旗やギリシャ正教、そして神聖ローマ帝国、オーストラリア帝国の紋章などなどなど。
 しかし、この壁に書かれているのは恐らくロシア皇帝の紋章だろう。

「相変わらず博識ね」
「嫌味かテメェ。だいたい、遠山さんの方が博識だろ」
「飯塚くんって小学校一年生の割には博識ね」

 こちらに目線を向けながらそう言った灰原に、動きを止める。「いや、今更だろ?」と返した俺の口は偉い。そうだ、恐らくはそこである。コナンが違和感をそこに抱いたんだろう。俺は本来、無邪気に歌う少年探偵団と同い年のはずなのだ。精神年齢も。イヤ、それこそ今更だろ? 感がするけど。そういや、一昨日、平次さんとこんなやり取りをした。

 ――なんやそうしとると普通の小学生やな
 ――こう見えて小学生なもんで

 ……これかぁ。
 心のなかで呟いて頭を抱える。灰原が俺を生暖かい目で見る。

「理由、わかったみたいね」
「いや、もう、なんというか、今更すぎねー?」
「そうね」

 そうさらりと言った灰原はもう一度壁の紋章を見る。俺が喋っている間に何か気づいたらしいアキが白鳥警部から懐中電灯を借りていた。光を細めたアキはそのままワシのかぶる王冠に懐中電灯の光を当てる。王冠についた宝石のような飾りが光り、また歯車が動くような地鳴りのような音がする。コナンが乗っていた場所が下に沈んでいく。

「そうか、この王冠には光度計が組み込まれているってことか」

 白鳥警部の言葉に当時の技術超えてないか? と思う。いや、それに類似した技術なのかもしれないが。光度計が発明されたのは電子化云々ということができるようになってからだ。それを考えると、当時の技術でもできる。鏡の反射、そして光の吸収、歯車等を組み合わせた仕掛けがあるに違いない。香坂喜市さんの頭脳にはお手上げだ。分解して見たい気もするが、それはできないことなので黙っておく。うーん、そういう論文を読みたい気分だ。