狙撃手の名は蠍


 現れた階段を降りた先はホールのような場所だった。暗くてよく見えないが。近くにあったロウソクに高遠と毛利探偵が日をつけた。その光にぼんやりと照らされて、周りの情景が見えるようになった。ただ、天井は高いんだろう。天井の全ては見えない。はっきりと見えるようになったのは奥に鎮座していたのは大きな箱――棺、である。毛利探偵曰く、作りは西洋風、材質は桐。よくわかるこって。そういうことを見ているとちゃんとした探偵だと思うんだが。

「ん?」

 俺のつぶやきに、近くにいたアキが首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「棺のマーク」

 俺の言葉に、アキは目を瞬いた。

「ロシア皇帝の紋章ですね」
「ああ。なんでロシア皇帝の紋章が?」

 俺のつぶやきにアキが目を細める。そして「夏美さんの血筋はスゴイものかもしれませんね」と呟いた。俺が首を傾げれば、アキはクスクスと笑って見せただけだ。また自己解決したようである。そして、答えは教えてくれなさそうだ。

「夏美さん、あの鍵!」

 コナンの言葉に夏美さんが大きなあの鍵――宝箱の鍵のようなそれをもって棺に近づく。カチャリ、という音を立てて外れた錠前。毛利探偵が棺を開ける。毛利探偵の側に近づいてみてみれば、中にあったのはメモリーズ・エッグより一回り大きいエッグとそれを抱えるようにしている遺体だ。骨格からして女性のものだろう骨の保存状態はいい方だろう。恐らくは、ここの温度や湿度が関係している。

「これ、もしかして、夏美さんのひいおばあさんの?」

 そう首を傾げれば、夏美さんは頷いた。曾祖母の遺骨だけ先祖代々のお墓にないらしい。ロシア人であるがために、先祖代々の墓に入れれなかったのかもしれない。そう呟いた夏美さんに、オフチンニコフさんと青蘭さんが近づいた。俺はそれと同時に一歩下がる。恐らくはエッグの確認をするんだろう。灰原が俺の隣に並んだ。

「あれ?」
「どうかしたの?」
「乾さんは?」

 俺はそう言ってあたりを見渡す。真っ先にやって来そうな乾さんはいない。そこで、思い出す。確か、あの人は――。そして、眉間に皺を寄せた。

 飾りを見たオフチンニコフさんがエッグを開ける。中は空っぽ、である。それを聞いた歩美ちゃんが「それ、マトリョーシカじゃないの?」と首を傾げた。

「マトリョーシカ?」
「中から次々に人形が出てくるというロシアの人形です」

 そう告げた青蘭さんにオフチンニコフさんが頷く。

「たしかにそうかもしれません。中にエッグを固定する穴がありますから」
「くっそお! あのエッグがあれば確かめられるんだが!」

 毛利探偵の言葉に、白鳥警部が「ありますよ」という。どうやら鈴木会長から借りてきていたらしい。毛利探偵が白鳥警部に詰め寄っているのを半目で見る。たしか、その勘は正しい。まあ、許可をとったのか否かは謎だけれど、恐らくは白鳥警部として許可を取ったのだろう。
 オフチンニコフさんが試してみましょう、と大きなエッグの中に白鳥警部が取り出したエッグ――メモリーズ・エッグを入れた。カチリ、と固定されたエッグに、まわりは感心したようだ。

「つまり、喜市さんは別々のエッグを作ったのではなく、二つで一つのエッグをつくった、と」

 そんな会話をよそに、灰原がコナンに近づき「浮かない顔ね」と呟いた。あのエッグの仕組み、とは。確かに、あのままでは『世紀末の魔術師』と呼ばれた喜市さんにしてはおとなしすぎるというか。
 とりあえず、エッグはコナンに任せて俺は彼女と毛利探偵の間にいることにする。

「しかし、みごとなダイヤですなぁ」
「いいえ、コレはダイヤじゃないみたいですよ」

 そう言った夏美さんに、同じく眺めていたアキが頷く。

「多分、スワロフスキーみたいなものでは?」
「すわろふ……なんだって?」
「クリスタル・ガラスですよ。特殊なガラスをダイヤのようにカットするんです。先程の王冠もエッグの内側にある宝石に似たものもそうでしたね、白鳥警部」

 高遠の言葉に、白鳥警部が「ええ、恐らくは」と頷いた。コナンがそれを聞いてオフチンニコフさんからエッグを借りる。白鳥警部に「ライトの用意を」と言ったコナンは何か台座のような場所まで走り、白鳥警部がそれを追いかけた。

「セルゲイさん、青蘭さん、遠山さん! 近くのろうそくを消して」

 コナンの言葉に三人がそれぞれの方法でろうそくを消した。……俺、指で消すやつできないんだよな。それを素でやってのけたオフチンニコフさんはすごい。
 周りが暗闇に包まれる。地下、ということもあって、本当に真っ暗だ。光源と言えば、白鳥警部が置いた懐中電灯ぐらいで、その光はまっすぐ細い光を天井に向けていた。天井が思っていたより高くて驚いたのは余談だ。まるでホールみたいな場所である。コナンは懐中電灯の上にその上にエッグをおいた。
 その瞬間、光がエッグを一瞬通っていったかと思うとエッグの中が透けてきた。中の金色の人形が上に登っていくのがわかる。エッグの中に光度計――に似たものが組み込まれているようだ。

 そして、中にいる皇帝一家が本を捲る。

 光がエッグの中で幾学模様を描いた、というより、エッグの中で光が通る経路が照らし出されたんだろう。本を捲った瞬間、細い光がエッグの中をめぐり、模様のような線を描く。そしてそれは、模型の本を中心に設置してあったガラス玉に反射していき、最後には上の大きなガラスに光を集めた。
 しばらくの間。そして、大きなガラスからは幾つもの光が噴出するように天井に昇る。まるで光の噴水のようだ。沢山昇った光の先は地下室の壁に何かを映し出す。それはは幾つもの写真だ。家族写真のようなそれが沢山描かれているのである。

「ニコライ皇帝一家の写真です!」

 興奮したように告げたオフチンニコフさんに、毛利探偵が「エッグの中の一家が見ていたのはタダの本ではなく――」と関心したようにつぶやく。蘭さんがその続きの言葉を紡いだ。

「――アルバム」
「だから、メモリーズエッグなのか」

 かくいうオレも上を眺めながらそうつぶやく。幻想的な、魔法のようなそれ。マジックやイリュージョンを見ているような気分だ。

「もし、皇帝一家が暗殺されずにこのエッグを手にしていたらコレほど素晴らしいプレゼントはなかったでしょう」
「まさに、世紀末の魔術師だったんですなぁ、貴方の曽祖父さんは」

 毛利探偵の言葉に、夏美さんが頷く。

「それを聞いて、曽祖父も喜んでいると思います」
「――ねぇ、夏美さん」

 そうコナンが毛利探偵と会話する夏美さんを呼び止めた。

「あの写真、夏美さんの曽祖父さんじゃない?」

 コナンが指差した写真の先には確かに椅子に座っている喜市さんだろう男性と外国人の女性の姿がある。

「本当だわ。じゃあ、隣りにいる人は曾祖母ね。……あれが、ひいおばあさま」

 夏美さんの言葉にもう一度映しだされた写真を見る。周りにある写真は皇帝一家の写真ばかりだ。沢部さんは後から付け加えたのだろう、といっているが、どう見ても皇帝一家の女性と夏美さんの曾祖母さんは似ている気がする。

 ――と、いうことは、彼女は。
 光が途切れ、エッグが元の状態に戻る。オフチンニコフさんがそれを手に取り、夏美さんに渡した。

「ロシアはこの所有権を中のエッグ共々放棄します。貴方が持ってこそ、価値があるようだ」

 まあ、そうなるのが妥当だろう。オフチンニコフさんが常識人でよかったと思う。これが乾さんなら倍の値段をふっかけて買うなり奪うなりしそうなイメージが有る。俺はゆっくりと『彼女』を見る。まだ動かないようだ。

「ありがとうございます。……あ、でも、中のエッグは鈴木会長の」
「それなら、私から話しておきましょう。きっと理解してくれますよ」

 毛利探偵の説得に夏美さんが嬉しそうに頷いた。鈴木会長も意地悪な人ではないから赦してくれるだろう。キッドが狙っていたのは恐らくは夏美さんに渡すためだ。まぁ、盗んだ後どうしていたか、はわからないが。
 コナンが誰かを探すようにライトを持って歩き回る。灰原がラスプーチンの写真が出てこなかったわね、と呟いた。

 不意に、コナンが何か驚いたような表情をした。そして、俺は毛利探偵を見る。登っていくのは赤い光だ。
 それを見て、一瞬で動く羽目になった。

「伏せろ!」
「危ない!」

 俺の声とコナンの声が同時だった。俺が毛利探偵を渾身のタックルで倒すのと、コナンが懐中電灯を投げたのも。

「何しやがる!」

 怒られたが命を救ったので赦して欲しいところだ。今は、それよりも。
 懐中電灯を拾おうとしたのは蘭さんでアキが何かに気づき目を見開いた。

「逃げろ! 蘭!」
「蘭ちゃん、コナンくん、危ない!」
「アキ!」

 アキはそう言って蘭さんとコナンを庇うよう駆け出す。高遠がアキを自信の側にひっぱり、蘭さんはコナンが庇うように押し倒した。そして、銃弾がめり込むような音がする。

「皆伏せろ!」

 そう叫んだコナンに周りは半ばパニックである。動いたあの人。逃げようとした夏美さんが転けてエッグを落とす。そしてそれを掠め取るように『彼女』は盗んでいく。俺は慌ててそれを追いかけた。

「ヤマト!」

 聞こえてきた声はアキではなく、コナンの声だ。