魔術列車殺人事件08


「すいません、ちょっと席外します」
「あぁ、わかった」

 考え込んでいたはじめちゃんにわざと声をかける。短絡的に返したはじめちゃんに、部屋を抜け出した。
 まさか、と思う。でも、そうしか考えられないそれ。真実だとしても、信じたくないそれ。まわらない頭でどうすればいいのかを考えり。頭が痛い。これは、本格的に熱が出てきたらしい。
 どうしてうちの人が、だなんて言う夕海さんに、私はどうしてあの人が、とわめき散らしたくなって堪えた。喚いたって仕方が無いし、あの人との関わりは無くなってしまったのだけど。ヤマトが言ったように、ドッペルゲンガーならいいのに、と思ってしまう。本人だと、わかってはいるのだが。
 頭が、痛い。でも、部屋に戻る気もない。自販機で飲み物を買って、ロビーあたりの椅子に座る。ダメだ、体が、だるい。目をそっと閉じれば、幾分かマシになったような気がした。


「あの、大丈夫ですか?」

 どれくらい時間が立ったのかわからないがしばらく時間がたったころ、そう言って心配そうに覗き込んできたのはあの人――高遠さんである。それに、無性に泣きたくなってしまう。どうして。聞けない質問に、口を歪める。優しくしないでほしい、期待してしまうから。

「高遠、どうした?」
「いえ、彼女の顔色が悪いので」

 彼女?とノーブル由良間さんがこちらを見た気がした。何か言葉をこぼしたが、私には聞こえない。はやく、立ち去って欲しい。

「大丈夫、です」
「大丈夫じゃ、ないんでしょう?こう見えて幻影魔術団のマネージャーですよ。大丈夫か大丈夫じゃないか、ぐらいわかります」
「ほんとに、大丈夫、なんで……」
「そう言ってるんならいいだろう。行くぞ、高遠」
「僕、ちょっと、彼女を送っていくので由良間さんは先に行っててください。立てますか?」

 由良間さんが舌打ちをして視界から消える。やさしくしないで、と、そっと手を取った彼を拒もうとするが、思うように力が入らなくて、拒むことも立ち上がることもできない。

「……立てないんですか?」
「たて、ます、」
「立てないんでしょう?」

 わかっている、と言いたげな声だった。そして、いつもの「高遠くん」の声でもある。彼は一度私の手を離すとやすやすと姫抱きにして持ち上げた。あの人が小さな声で告げる。

「暴れないところを見ると、相当ひどいようですね」
「ど、して、」

 ぎゅっと服を握ってしまう。彼はそれに笑みを浮かべると、私の部屋へ移動をはじめた。



 ベッドにまで連れて行かれ、丁寧に降ろされる。彼は扉の鍵をかけると、ベッドの脇に座り、眼鏡を外した。そして、そっと私の額に手を当てる。額に当てられた手が少し冷たくて気持ちがいい。

「……すごい熱だ。今日のマジックショーは見れませんね」
「マジックショーは、ちゅうし、だって、ききました、」
「……いえ、中止にはさせませんよ」
「……?」

 言葉の意味がわからず、首をかしげる。彼はそれに笑みを浮かべただけだ。

「……さて、アキ、昔みたいに貴方の『どうして?』に答えましょうか。私が推測するに貴方の疑問は三つ、ですかね」

そう告げた彼、高遠さんに、私は霞む目を向ける。昔みたいに――私が小さいころ、たくさんの「どうして?」という疑問を彼にぶつけていた。彼はそれを丁寧に答えてくれていたのを覚えている。そのうち、私が「どうして?」と尋ねる前に彼が答えを教えてくれるようになったが。

「一つ目、何故、『僕』がアキに別れを告げたのか、でしょう。その答え、言えることは『区切り』でしょうか」
「くぎり、?」
「えぇ、『僕』が『私』として生きるための区切りですよ。綺麗なままでいられなくなってしまったのでね」
「……」
「二つ目は、何故別れたはずの貴方を助けたのか。それは単に、愛する人が苦しんでいるのを見殺しにはできません。たとえ別れを切り出していたとしても」
「じょ、だん?」
「おや、失礼だな。冗談ではありませんよ。貴方は『私』にとっても、世界で一番大切な愛する人ですから」
「……」
「そして、三つ目。全く、アキは本当に頭がいい。気づいているのでしょう?ジェントル山神のトリックを。殺人犯が『私』だということを」

 耳元で告げられた声に目を見開く。

「『どうして、あの人を殺したの?』がアキの最後の『どうして』でしょう。今夜のショーでアキならわかると思ったのですが、その熱では貴方は来られそうにないですね。アキ、2年程前に貴方に見せてしまった『失敗したマジック』を覚えていますか?」
「いとをきられたマリオネットが、自転車乗るもの、ですか?」
「ええ。それです。それが、この幻影魔術団が生み出したとされる『生きたマリオネット』です」
「え、でも、あれは……」
「そう、あれは私の母が私に残したトリックノートのもの、なんですが、どうやら自分用にと書き残して置いたもう一冊があったようで」
「まじゅつだんのひとが、ぬすんだんですか?」
「いえ。奪いとったんですよ。母を殺して、ね」
「っ!?」

 彼の言葉に、唇を噛みしめる。彼は何かを耐えるように目を伏せていた。だから、彼はあの団長を殺害した。おそらく、復讐のため、だろう。昔、彼の母である近宮玲子は死んだ、とは聞いた。でも、殺されただなんて知らなかった。いつ、彼は殺されたことに気づいたのだろうか。高遠さんが海外にいる間交わした手紙には何も書かれていなかったし、電話でも彼は私に何も教えてくれなかった。ただ、近宮玲子が死んだということを知ったのは、電話越しに「かあさんが、死んだ、」という言葉を聞いたからだ。そう、それだけ、だ。死因も何も知らなかった。
 ほろり、と涙が落ちる。どうして、気づかなかったのだろう。彼の様子に、彼の母親の死因に。もし、私が気づいていたら、もう少し違う結果になったのかもしれない。彼は殺人を犯さなかったかもしれない。思い出の中にいるあの『高遠くん』として生きていたのかもしれない。私は彼を支えてるつもりが、全然支えになんてなかったわけだ。言わなかったということは、そういうことだろう。散々、自分は、支えられておいて。

「何故貴方が泣くのですか?」
「ごめんなさい、」
「何故?」
「しらなかったから、ごめんなさい、」
「!貴方を責めてはいません。私が貴方につげなかっただけです」
「でも、あなたはひとりでそれをかかえていました。わたしはきづいてもいませんでした。わたしはあなたをささえられていなかった。じぶんはさんざんささえられたのに」

 だから、ごめんなさい。
 目からボロボロと涙が流れる。高遠さんは私の言葉に、大きく目を見開いて私を見ると、上を仰いで片手で顔を隠した。

「アキ、本当に貴女は……」
「……?」
「いえ、こちらの話です。安心なさい、アキ。『私』も『僕』も貴女に支えられています。貴女がいなければ、どうなっていたことか……きっと、もっとはやくに犯罪者になっていた。屈辱に恨みに耐えられていたのは貴女がいたからですよ」
「でも、」
「アキ、全てが終われば、会いに行きます。絶対に。そして、愛しています、今でも」
「ほんとに?」
「ええ、だから、それまで、私とは初対面として接してくれませんか?……流石の私もアキとヤマトくんが魔術列車に乗ることは予想できませんでした」
「わかり、ました」

 私の返事に、『高遠さん』はゆるりと笑った。優しい顔だ。「そういえば」と、何かを思いついたらしい高遠さんは鍵を開けに行き、何処からかあの列車で取られた下着を取り出した。それを見て、私は顔を赤くする。なんとか体を動かそうとするが、思うように動かない。

「っ!」
「まだ返してなかったでしょう? さすがにあの時は驚きました。由良間もやりますね」
「かえっ、」
「大丈夫です、ちゃんと返しますよ。それに、病人が暴れてはいけません」


 そう言った高遠さんは楽しそうに笑って、眼鏡をかけた。下着は鞄の中になおされる。不意に、高遠さんがベットに乗り上がった、と思ったら、私を押し倒したような形をとる。顔が、近い。

「アキは黙っておいてくれるのでしょう? 私と貴女の関係も、私の動機も犯行もすべて」
「だって、」
「そうですね。貴女が真相を告げてしまえば、私と会えるのはだいぶ先になってしまいます。共に過ごすことも、下手をすれば会うこともできない。私もそれは耐えられません」

 ああ、この人はなんてずるいんだろうか。この人は、私を巻き込むつもりでいるのだ。どういう形、かは知らないけれど。でも、はじめちゃんや剣持警部、明智警視に言えるわけがない。この人を失うのは、もう嫌だと心が叫んでいる。ポッカリと空いた穴はこの人じゃないと埋められない。高遠さんが握っていた手に力を込めて、嬉しそうに笑った。その顔がどこか狂気染みていたのは気のせいだろうか。

「これで、貴方は私と共犯です。ともに犯罪者となったわけだ」
「、」
「犯人蔵匿罪。それは列記とした犯罪ですよ、 アキ」

 高遠さんはそう告げてキスを落としてくる。何度も。熱があるからか、まわらない頭に繋がれた手を握ってしまう。すると深い物へと変わったそれだが、抵抗する気力も応える気力もなかったために、なすがままだった。不意にリップ音がして、口を離される。肩で息をしながら潤んだ目で彼を見上げれば、彼が息を呑んだのがわかった。そしてそのまま、また顔が近づいてきて――……ぴたり、と唇が触れるか触れないかぐらいでとまる。扉の方からはノックの音が聞こえた。

「……残念ですが、貴方の連れが来たようです。用意はいいですか?」

 何と無く読めた考えに頷く。高遠さんは近くにあった椅子をワザとこかした。

「アキ!」
「アキちゃん!」

 その音に何かあったと思ったらしい。聞こえてきた幼馴染とヤマトの声に苦笑いする。

「大丈夫か、アキ……」

 勢い良く扉を開けて駆け込んで来たはじめちゃんに、二人同時に視線を向ける。勿論、高遠さんは顔を真っ赤にして、だ。わたしは熱のために顔が赤いからいいだろう。

「な、何やってるんだ! 高遠さん!! あんた、まさか、アキを襲って……」
「ち、ちがいます!! 僕は、そのっ!! 椅子ににつまづいてしまって!!」

 高遠さんはそう言って飛び起きると顔を左右にブンブンと振る。はじめちゃん達の目は疑い深い。

「はじめちゃん、美雪ちゃん、大丈夫、何もされてないよ」
「大丈夫って、」
「ただ、私が具合悪くて動けなかったのを、通りがかった高遠さんが助けてくれただけだよ。さっきのだって、高遠さんが椅子につまづいちゃっただけだから。すいません、助けて下さり、ありがとうございました、高遠さん」
「いえ、これくらいは人として当然です!こちらこそ、具合が悪そうなのに長居していしまってすいません……あ! もう、こんな時間だ! あわわわ! し、失礼します!」

 そう言って駆け出した高遠さんにクスリと笑ってしまう。美雪ちゃん達は納得していたが、ヤマトはしてないようで眉間に皺を寄せていた。
 しかし、私の体力は限界であったようで体を起き上がらせようとしてもベッドに逆戻り。その音に美雪ちゃんが慌てて体温計とスポーツ飲料を渡してくれた。