⇔繋ぎ止める



 あれからしばらくして。
 私の熱が下がり、いくらか気分も回復したところで、今だ心配するヤマトをマジックショーへと送り出す。小さいのだから、もう少し、私のことを気にせずに遊んでほしい。
 高遠さんは捕まってしまった。もし、熱が出ていなければ私はなにか彼をかばえたのだろうか。そんなことを考えて、眉間に皺を寄せる。今さら、かもしれないけれど。高遠さんは留置所にいると聞いた。『絶対に会いに来る』と告げた彼の言葉を信じるべきなんだ、私は。そう言い聞かせて目を伏せた。
 今日は久々に一人でのご飯だと、買い物を簡素に済ませて自宅へ戻る。しかしながら、玄関の前で立ち止まってしまった。鍵があいていたのである。ピッキングされたあとはないため、泥棒などではないと判断できる。

「あれ?」

 しかし、扉を開けた先にヤマトの靴はなく、ただ、大人用の革靴が綺麗に揃えられて置かれていた。父親、ではない。父親ならば、当然母親の靴も玄関に並ぶ。しかし、母親の靴はない。頭をよぎった存在に、あるはずがないと思いながら、リビングの扉を開けるが誰もいない。ダイニングにも、誰もいない。とりあえず、買った食材を冷蔵庫に入れて、二階へ上がる。自分の部屋の扉がしまっていることに気づき、そっと扉を開けた。

「わぁ、」

 ファンシーなことをする人だ、と思う。私の部屋は一面真っ赤な薔薇の花で埋め尽くされていた。しかしながら、ちゃんと歩く場所が確保されているそれ。誘導されるように、自分のベッドに向かえば、一輪の薔薇と何かカードが置かれていた。ご丁寧に宛先に私の名前が書かれている。開いてみれば、流れ出すバースデーの曲に、そう言えば誕生日も近いなぁ、と思いながらカードの文面をみる。

――999本の薔薇を貴女に

 ということは、この部屋の中には999本の薔薇があるんだろうか。差出人の名前はローマ字で書かれている。ただ、読まなくてもわかる差出人。赤い薔薇、といえば、あの事件の象徴のようなソレで。

「高遠、さん?」
「呼びましたか?アキ」


 その言葉と共に背後から抱きしめられる。それに硬直すれば、さらに力を込められた。

「久しぶりですね、アキ」
「どうして、貴方が、」
「約束したでしょう? 貴女に会いに来る、と」
「ほんとに、高遠、さんですか?」
「後ろでは不安ですか? なら、前を向いてもいいんですよ」

 緩められた力に振り返れば、やはり高遠さんがいて。自分の顔が泣きそうに歪んでいくのがわかる。

「ど、して?」
「貴女に必ず会いに来ると約束したはずです。覚えていませんか?」
「おぼえて、ます、でも、」
「私は奇術師ですよ? あんなところから脱出するなど、簡単だ」
「っ、あいたかっ、」
「おやおや、泣かないでください。貴女の泣き顔は胸に突き刺さります」
「だって、」
「……アキ、私を振ってもいいんですよ? 私は犯罪者だ。今も、これからも。……でも、まぁ、貴女の孤独を癒せる人は『僕』しかいない」
「わかっていて、聞くんですね、意地悪」
「ふふ、」

 私の恨みっがましい言葉もクスリとわらっただけだ。無言の抵抗として、高遠さんの胸に頭を押し付ける。大事そうに抱えた高遠さんはポツリと言葉を落とした。

「復讐が終わった後、『僕』の手元に残ったのはアキ、貴女だけです。そして、それは『私』も変わらない。ただ、一つ、手元に残しておきたいのは貴女だけなんですよ」

 呟くように告げられた言葉には、何処か孤独が含まれている。なるほど、この人の孤独を癒せるのは私だけなのか、と少し嬉しくなってちらりと顔を上げる。

「愛していますよ、アキ。『私』と付き合ってくれますか?」
「はい、喜んで高遠さん」

 ふにゃり、と笑えば、キスを落とされる。それにまた驚けば、また高遠さんはくつくつと笑った。

 結局、あの優しくて賢くて努力家、そんな昔からの『高遠くん』は玲子さんが殺された頃にもういなかったのかもしれない。残ったのは、優しく残忍な犯罪者としての面を持つ『高遠さん』だけだ。それでも、私にとっては彼はとても大切な人だ、好きな人だなんて、世間から言えばおかしな意見がでるだろう。ヤマトだってそう言うに違いない。

「アキ?」
「いいえ、なんでもないですよ」

 でも、それがどうでも良くなるぐらいには、私は高遠さんを愛してしまっているのだ。喜んで『共犯者』になるくらいには。