露西亜館殺人事件01


 見上げた屋敷は、まさにロシア風建築である。湖をボートで渡ると霧が少し晴れてきていた。ヤマトが顔をしかめているので、どうかしたのだろうか?と首を傾げる。ヤマトはふるふると首を左右にふった。

「さぁ、飯塚様で最後のお客様になります」

 ――ことの始まりは、父に届いた手紙だった。父曰く、あまり関わりのない作家、世間では有名な山之内先生の遺産相続ゲームへの参加案内の手紙である。そんな遺産を相続しなくとも裕福であるらしい両親は、その話を拒否することにしたが、拒否をするにしても北海道にあるこの露西亜館まで来なければならない。面倒臭かったのか、仕事なのかはわからないが、両親は露西亜館にいくことを拒み、実の子供である私達を送り込んだわけだ。本当に迷惑極まりない親である。ただでさえ気が進まないというのに、父の言っていた言葉が嫌に頭に引っかかり拍車をかけているのだ。
 ――『遺産相続殺し合いゲーム』という言葉が。

「さぁ、どうぞ。こちらに」

 執事の田代さんが館の扉を開ける。すると中にいる人の視線が一気にこちらに向いた。

「あれ!?アキとヤマト!?」
「はじめちゃんに、美雪ちゃん、それに佐木くん?どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ」
「金田一くんたちの知り合いですか?」
「あぁ、幼馴染なんだ」
「あら、では、その幼馴染さんがどうしてここにいるのかしら?」

 髪で片目を隠した女性が首を傾げた。その女性の隣にいる仮面を被った男性に既視感があるな、と思いながら目を逸らす。

「父の代理出席ですよ」
「父?」
「えぇ、私は飯塚アキ。こちらが弟のヤマト。父である飯塚龍一が仕事の都合上来ることが不可能な為、代理としてやってまいりました」
「い、飯塚龍一だって!?世界的な推理作家じゃないか!そんな人が山之内先生の知り合いだったなんて!」

 そう騒ぐ青年に息を吐く。他の人もそうだが、美雪ちゃんや佐木君も驚いているようだ。はじめちゃんは首を傾げているが。さすがはじめちゃんである。世間に疎いようなそうでもないような。そういえば、昔から誰にも教えてなかったしな、と苦笑いする。唯一、一瞬だけ動揺を見せたがすぐに落ち着いたらしい仮面の男性は不敵な笑みを浮かべていた。

「そう、ですか。貴女があの飯塚龍一の……」

 聞こえてきた声に、目を少し見開く。この声は、まさか。私の様子にくつくつと笑った彼は、私にそっと手を差し出した。

「奇術師のスカーレット・ローゼスです。今回は幽月来夢さんの助っ人として参加してます」
「スカーレット、さん、」
「はい、なんでしょう?」

 スカーレットさんの言葉にふるふると首を左右にふる。そして、少し迷って握手に答えた。すっと握らされたものをなにもなかったように服のポケットにいれた。ヤマトがじと目でスカーレットさんを見ていたので軽く咎める。

「あの世界の飯塚龍一も代理まで出して参加するのね」
「カジノで大負けしたという噂は聞いてたが、事実だったとはな」
「いえ、みなさん誤解しているところ悪いのですが」

 スカーレットさんから視線をはずして周りを見る。このままでは参加する流れになりそうだ。

「私達は父の代理として、この話を断りに来ただけです。確かにカジノで大負けしたらしいですが、父曰く、あんなものは端金、だそうで。遺産などいらないそうです」
「じゃあ、なんで来たんだ。断りなら電話でもいいだろう!」
「父の考えてることなんか私にはわかりません。もしかすれば、連絡先がわからなかったのかもしれないし、自分が面倒だから、とか、子供を向かわせたら面白そうだから、とか、そういう理由かもしれません。兎に角、私達は父の言葉通りにこの屋敷に来ただけです」

 ふい、と酒臭いおじさんから目を逸らす。 可愛げがない、と鼻をならされた。酒臭いし、こういう大人は苦手だ。近寄らないでほしいところである。眉をひそめれば、ヤマトがこちらを見上げて来た。

「アキ?」
「どうしたの?ヤマト」
「ん、いや、アキが大丈夫かな、と。金田一のところ行くか?」

 ヤマトの言葉に首を左右に振った。今行けば質問責めになることはみえている。それは是非ともご遠慮したい。そっか、と言ったヤマトが私の手を握る。それにホッと息を吐いた。

「そんな変な表情してました?」
「いや、なんか、俺がこの雰囲気苦手だから」
「ふふ、ありがとうございます」

 ヤマトは本当によく気が利く子供だ。ヤマトの言葉に微笑めば、ヤマトはそっぽを向いた。
 扉がノックされ、現れた眼鏡をかけた男性。遺産相続云々を任された弁護士らしい。大変な仕事を請け負ったな、この人、だなんて考えていれば、時計の塔と呼ばれるそこに案内される。時計の塔までの道のりでとなりにやって来た美雪ちゃん達に苦笑いしてしまったのは仕方が無い。

「アキちゃん!」
「美雪ちゃん、先手を打っておくけど、はじめちゃんと美雪ちゃんに両親のことを詳しく言わなかったのは知られたくなかったからだよ」
「知られたくなかった?」
「私はあの人が苦手なの。だから、あの人のことを聞かれたってわからないし、私はあんまりあの人達を親だって思いたくない。普通でいたかったんだよ」
「……アキちゃん」

 しんみりとしてしまった美雪ちゃんに、今まで黙っていてごめんねとだけ告げて弁護士さんの後を追う。
 それにしても、嫌な感じがする。どう、嫌だとはわからないけれど。だいたい、父からの頼まれごとは厄介ごとなのだ。しかも、それをわかった上で父は私達にふっかけるのだからタチが悪い。今回はできるだけ何もなく終わって欲しい。そう願いながら足をはやめた。
 ついた時計の塔で、ソファに腰掛ける。そして配られた紙。暗号文のようなそれだ。弁護士の有頭さんに父から渡された手紙を渡そうとしたが、それより早く他の人に呼びかけられてしまい、失敗した。有頭さんは遺産相続の遺言であるビデオをつける。そこには一人の痩せこけた男がうつっていた。

「やぁ、愛しのクインテットのみなさん。そして、飯塚くん」

 その言葉から始まった遺言。中身は窓枠に並べられたロシア人形をヒントに、紙に書かれた暗号を解けという内容だ。一番に解いた人が遺産相続をするらしい。参加意思があるのなら自分の楽器をとれ、とも。関係がないな、と思って聞き流していると、不意に父の話になった。

「飯塚くん、いや、用意周到な飯塚くんのことだ。君は代理として誰かを寄越しているだろう。君の娘かはたまた息子か……それとも両方か」

 あたりだが、嫌な予感しかしないそれだ。嫌な予感はこれなんだろうか。

「代理君は参加する意思はないだろうが、強制的に参加してもらおうか。代理君が勝てば、遺産は参加者全員に等分配布。五日間に参加者が誰も解くことができなければ君が遺産相続人だ」
「……それを拒否したいんですが」

 ポロリと呟いてしまった言葉に、有頭さんが丁寧に「遺言状になるのでそれはできません」と注釈をいれた。

「何よ、それ。ずるいじゃない。解いても解かなくても貴女達にはお金が入る!」
「と、言われましても……」
「遺産を独り占めしたいならば、彼女達よりはやく謎を解けばいい話では?」
「そうですね。スカーレットさんの言う通りです。私があの飯塚龍一の娘だから、と心配しているのなら手を打ちましょう」

 暗号文を持っていたヤマトの背中をそっと押す。心の中で謝りながら。ヤマトがこちらを不思議そうに見た。

「謎解き合戦には弟を参加させます。弟は飯塚龍一の息子ではありますが小学一年生です。それに、親が世界的な作家だからと言って子供がそうなるとは限りませんし。後は貴方達がこの暗号文をこの子よりはやく解けばいいだけですよ」

 納得する周りにヤマトが呆れた表情をしているが、ヤマトのそこらの小学生と似ても似つかぬことは、はじめちゃん達ぐらいしか知らないのでいいだろう。後は、はじめちゃんがヤマトよりはやく謎を解けばいい話なのだから。