露西亜館殺人事件02
何故か私がヒントを与えないように、という配慮の為にヤマトとは別部屋になっている。しかも、離れた位置に別れさせられてしまった。別に隣でもいいだろうと思う。ヤマトはまだまだ幼いというのに。それだけ遺産相続に本気だということかもしれないが。そんなことを考えながら部屋に入り、辺りを見渡した。目に入ったベッドへ向かい端に腰掛ける。思っているより疲れてしまっているらしい。はぁ、と小さくため息が漏れてしまった。
そういえば、と裾の中に隠したカードを取り出す。スカーレットさんに貰ったカードだ。
「ハートのクイーンですか」
微かに薔薇の匂いがするハートのクイーン。それに少しにやけていると、ふと、何か違和感を感じた。よくよく見れば、部屋の隅の天井の模様が少しずれているのに気づいた。巧妙に隠れてはいるが、しかしながら、ずれている。そのしたには床から天井まで続く本棚だ。ただ、本棚は枠が二重になっている。
とりあえず、本棚に近寄ってみる。すこし触ってみれば、二重になっている枠の外側の枠がずれることがわかった。それを手前にひっぱってみれば、カチン、という音と共に本棚の枠はハシゴのように斜めに固定された。
「梯子? でも、何の為に?」
梯子が続くのは天井だ。あの模様が少しずれている場所につながっている。試しに登ってその天井を押したり引いたりしたが進まない。何かの表紙に少しあいたようだが、ホコリが降ってきた。もう少し開きそうではあるが重い。自分の力じゃなかなか開かない。と、なると、だれか――はじめちゃんや佐木君に頼んだほうがいいだろうと結論付ける。
不意に、コンコン、と鳴らされたノック音に「少しお待ちください」と告げて、とりあえず梯子を本棚に直した。服のホコリをはらい、ドアを開ける。そこにいたのはスカーレットさんだった。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「中に入られますか?」
「……女性が無闇に男を室内に誘い込んではいけませんよ」
「貴方だから誘い込んでるのですが」
「まったく貴女にはかないませんね」
そう言って肩をすくめたスカーレットさんは私の部屋へ入った。私は周りに人がいないことを確認してから扉をしめる。中に入って仮面を外したスカーレットさん――高遠さんに、笑みを浮かべる。こちらを振り返った彼も笑みを浮かべた。
「まさかこんなところで会うなんて思いもしませんでしたよ、アキ」
「私もビックリしました。北海道に行くとは聞いてましたが、まさか同じ場所だなんて。高遠さんに会えたのだから、父には少し感謝しないといけませんね」
「君の口から『父』という言葉を初めて聞いた気がします」
「……ばれました?いつも両親で一括りでしたからね」
「君達のルーツは気になっていたのですが、なるほど、父親が推理作家でしたか。しかも、飯塚龍一となればヤマト君の頭脳にも、アキの才能にも納得がいきますね」
そう言った高遠さんに、困ったような笑みを浮かべる。母も母で特殊といえば特殊であるが、それは今告げなくてもいいだろう。
「……その父が貴方に会いたがっている、と言えばどうしますか?」
私の言葉に、高遠さんは驚いたようで目をパチクリとさせた。それが珍しくって笑みを浮かべてしまった。
「私の父が勝手に貴方がくれたメッセージカードをみたんです。お前の彼氏は挨拶にもこないのか、と言われました」
「なるほど、ならば『遠山遙治』に会いたいわけですね。いいでしょう、会いに行きましょう」
「それはなんとも言えません。父も母も勘が鋭いんです。貴女の正体に気づいてる可能性はゼロではありません」
「それは実に興味深い……余計に会ってみたくなりましたよ」
不敵に笑う高遠さんに、『本当に?』と尋ねてみる。彼は、ええ、会いに行きましょう、と言い切った。
「この間、両親が家に来てたんです。三十分もしないうちに帰りましたが。その時、この話と遺産相続の件の話になって……いえ、この遺産相続の話はついでっぽかったですが。その時に、貴方をパーティーに参加させろと」
「パーティーですか?」
「どうやら、父が関わっている仕事が終わるパーティーらしいです。ゲームの完成披露だと言っていました」
「それに行かなければ貴方の両親には会えないわけですね」
「次は、いつ帰って来るかわかりませんからね」
そう言って溜息を吐けば、こつん、とあわせられた額。私は目を伏せた。高遠さんが私を抱き寄せるのがわかる。
「参加しますよ、ただ、たまにはおねだりくらいして欲しいところだ」
「おねだり?」
「ええ」
クスクスと笑った高遠さんに目を開く。高遠さんは笑って顔を離した。私は頭をふる回転させる。おねだり、とは。
「パーティーに、一緒に、参加してくれませんか?」
態とらしく小首を傾げ、上目遣いで高遠さんを見上げてみる。高遠さんは「……今はそれくらいでいいでしょう」と笑った。
「参加しますよ、可愛いアキを困らせたくはありません」
「ありがとうございます」
「それより、アキ。服にホコリがついているようですが」
「え? あ、」
「ほら」
背中についていたものを、高遠さんがとってくれたらしい。確かにホコリだ。とれていなかったのか、と、恥ずかしさに顔を赤くする。
「さっき、気になるものを見つけて……それを開けようとしたらホコリが振って来たのでそれだと思います」
「気になるもの?」
「ええ、こっちに来てみてください」
高遠さんを手招いて、先程の場所に案内する。
「この本棚、梯子になっているんです」
「なるほど、手前に引き出すわけですね。と、なると」
「上に隠し扉があるみたいなんです」
「よく見れば確かに天井の模様がずれてますね。気になりますが……今それを開けてしまうと埃まみれになってしまいそうですね。まだ、他の方と顔を合わせなければいけませんから」
「他の方と?」
「やはり聞いていなかったみたいですね。二十二時に遺言書の続きがあった後、夕食なんですよ。ヤマトくんから貴女がすぐに部屋に引いたと聞いたので具合でも悪いのかと」
「いえ、なんというか、ああいう雰囲気が苦手で……後、嫌な予感がして」
「貴女もですか。実は私もです」
「高遠さんも、ですか?」
「ええ。だから、アキもヤマトくんも気をつけた方がいい」
梯子をなおしながら高遠さんがつげる。
「さぁ、そろそろ皆さんがいる応接間に向かいましょうか。長すぎる逢引は怪しまれるだけですから」
仮面をつけた高遠さんがこちらに手をのばす。それに手を重ねれば、エスコートされた。