露西亜館殺人事件05
女性特有の甲高い悲鳴が上がる。私は顔をしかめて死体を眺めた。生憎、叫んだり怯えたりするほどの精神ではなくなっている。誰のせいとか影響とかは言わないけれど。
お湯で満たされた浴槽には体と首が分断された状態でういている。……はて、犯人は何故首を切断したのだろうか。殺すなら突き刺すだけでいいだろうに。一緒に浮かんでいたロシア人形をヤマトが取り、それをはじめちゃんとスカーレットさんが見た。
「イワンですね。コントラバスのイワン」
「じゃあ、あの暗号の人形を――!?」
「時計の塔に行ってみましょう!」
そう言って駆け出した周りに、私は近くにあったタオルを取ってお湯を止める。流しっぱなしは如何なものか。そうして時計の塔へ続けて向かえばやはり人形がなくなっているようで。
「あ、れ、?」
小さく声を漏らして首を傾げる。ここに置いてあったランプはこんな模様じゃなかったはずである。犯人が変えたとしてもどうして変える必要があったのだろうか。眉を潜めてそれをみていれば、ヤマトがこちらにやって来て私に耳打ちする。
「なぁ、アキ。あそこにあったランプってあんな模様だったっけ?」
ヤマトの言葉に首を左右に振り、また耳打ちする。
「犯人が変えたと考えるのが妥当でしょう。しかし、どうして変える必要があったのか。もしかしたら、人形を全て持って行ったのと関係しているのかもしれません。まぁ、これも、ただの、推測ですが」
ヤマトはそれを聞いて何か考え始める。とりあえず、座席に座り始めた周りにならい、ソファに座れば隣にスカーレットさんが座った。
「何か気づきましたか?」
小声、しかも英語で尋ねられたそれに少し思案する。そしてまた小声の英語で言葉を返す。
「ヤマトは人形付近で気になることがあるようで。私は……そうですね、あの死体、水の色からすれば殺されてから首を切られたのでは?」
「その可能性はおおいにある。首を着られたことが原因なら、張られたお湯はもっと赤く染まるでしょう。死因は今、弁護士が調べてはいますが……見たて殺人の可能性がでてきますね。そうなれば犯行は続きそうだ」
「……恐らく、なのですが」
そこで言葉を区切る。執事の田代さんがロシアンティーを運んで来てくれた為、それに口をつける。
「父はこれを予感していた気がします」
「予感?」
「父は私達にこの遺産相続の話をこう言ってましたから。陰険が仕組んだ最後の遺産相続殺し合いゲーム、と」
その言葉にスカーレットさんは目を細める。私は気づかないふりをしてまた紅茶を口に含んだ。
「……今日の夜、貴女のもとへ伺っても?」
「ええ、構いませんが……」
「貴女の部屋のアレが気になりまして。ヤマトくんは金田一君の方が部屋が近かったでしょう?彼らに任せましょう」
「それもそうですね」
「ちょっと、そこ、二人でコソコソなに話してるのよ!」
そう声を上げた女流作家の梅園さんに首を傾げる。
「最近の欧米のマジックについて、ですが」
すんなりと嘘を吐いたスカーレットさんに、私も同調した。
「私、マジックが好きなんです。スカーレットさんが奇術師と聞いていても立ってもいられなくなって……でも、ちょっと不謹慎でしょう?人が亡くなったのに」
眉尻を下げてそう告げれば、周りは納得したようである。ヤマトとはじめちゃんをのぞいて、だが。ロシアンティーを口に運ぶ。甘い味が口に広がった。スカーレットさんはクスリと笑ってヤマト達を見る。
「クリスティンを唆すファントムのようにみえましたか?」
「すっげーそれに見えたから睨んでるんだけど」
「ふふ、面白い子供ですね。君は」
スカーレットさんはそう言ってヤマトから視線を外した。ヤマトは彼を軽く睨んでいるあたり警戒をしているらしい。咎めたほうがいいのだろうか、と考えている間に弁護士の有頭さんが入って来た。有頭さん曰く、死因は撲殺であったらしい。では、私の推測はあっていることになる。犯人は見立てるために首を刈ったわけだ。
「殺した後、わざわざ首を刈ったってわけ?どうして犯人はそんな……」
「考え得る最大の理由としては、『見たて』でしょう」
私が零した言葉は思いの外部屋に響いた。
「見立てってどういうこと!?飯塚さん!」
「忘れたのですか?例の暗号を」
スカーレットさんが後ろを向きながら伝える。はじめちゃんがハッとした表情を浮かべた。何か考えていたヤマトが口を開く。
「『楽団は朝礼で前から順に首を刈られた。』小学校の朝礼じゃ、背の低い順にならばされるぜ」
「そう、飯塚くんの言う通りです。そして死体とともにバスタブに放り込まれていたロシア人形は、5体の中で一番背の低いコントラバスのイワンでした」
「それじゃあ、神明さんはこの暗号文に見立てられて殺されたと……」
「そうとも取れるわけです」
「イワンが別の理由で放り込まれたんじゃなかったならな」
ポツリと呟いたヤマトの言葉は周りにはあまりに聞こえていなかったらしい。編集者の宝田さんが次に殺されるのは自分かもしれない、と喚き、挿絵画家の幽月さんがそれをバカバカしいと諭す。犬飼さんが小説ソックリだと指摘をしたところで十二時の鐘がなった。有頭さんの解散令にスカーレットさんが部屋に戻って行った。其の後に、はじめちゃんが周りに注意を促し、みんなも部屋に戻っていく。途中、私ははじめちゃんを引き止めた。
「はじめちゃん、」
「どうしたんだよ、アキ」
「ヤマトが心配だから、ヤマトをちょっと気にかけてあげてくれない?部屋、はじめちゃんの方が近いから、ね?」
「あぁ、そういうことか。わかった、任せとけ!」
ニカリと笑ったはじめちゃんに、安堵の溜息をはく。ヤマトは不満そうではあるが。
「えー、俺金田一に任せられんの!?」
「はじめちゃんが心配だったら、美雪ちゃんのところでも佐木君のところでもいいよ?」
「アキんとこは?」
「まだ周りが許してくれなさそうだし……」
眉尻を下げれば、ヤマトも眉尻を下げる。が、納得したらしい。ファントムに攫われんじゃねーぞ、と伝言を残しはじめちゃんを引っ張って廊下を進んで行った。ヤマトはどうやらスカーレットさんの正体に気づいているのかもしれない。