露西亜館殺人事件07


「――アキ」

 高遠さんの声が聞こえる。もう少し、と寝返りを打つと、もう一度名を呼ばれた。一向に覚醒しない意識を無理やり覚醒させ、目を開く。揺れる視界に高遠さんが映った。

「たかと、さん?」
「ええ、私です。おはようございます」
「……おはよう、ございます、」
「まだ眠たそうですね。バスタブにお湯を張ってますから、先にシャワーなどをすましては?着替えは用意しておきますから」
「……ありがとう、ございます?」
「お風呂で寝ないように気をつけて」

 高遠さんの言葉に、無理矢理体を起き上がらせる。そしてノロノロとお風呂へ向かった。
 お風呂に入りシャワーを浴びれば覚醒した意識に、私は固まる。まって。昨日、私は高遠さんに倒れこんだ形で意識を失っている。で、今、高遠さんは私の部屋にいる。もしかして高遠さんは私の部屋に一晩中いたんだろうか。
 慌ててお風呂から上がり、置かれていた下着と服を見て顔を真っ赤にする。流石にタオル一枚で出る勇気はない為、それらを身につけて部屋に戻った。

「おや、もっとゆっくり入っていてもよかったんですよ?」
「た、高遠さん、」
「はい、なんでしょう?」

 ニコニコと笑っている高遠さんに比べ私はきっと顔を真っ赤にしているに違いない。

「きのうは部屋に帰られましたか?」
「いえ?可愛らしい誰かさんが昔のように服を掴んだまま解放してくれなかったので帰ってませんよ」
「い、いっしょに寝てた……?」
「ええ、でも、今更でしょう?何を恥ずかしがってるんですか」
「う、で、でも、高遠さん、着替えてますよね?」
「アキより早くに起きて服などを取りに戻りましたから」

 ニコニコと上機嫌で笑う高遠さんに項垂れる。確かに一緒に寝る云々は今更なのだが、そういう問題じゃないような気がする。

「さて、アキさん。目が覚めたのなら時計の塔へ向かいましょうか」
「はい、そうですね……ヤマトも起きているんでしょうか」


 そんな時である。美雪ちゃんの悲鳴が聞こえて来たのは。それにハッとした私と高遠さんは部屋を駆け出した。
 たどりついた時計の塔では、もう既に全員が集まっている。その場にヤマトが、いない。嫌な予感がするが、まだ起きていないのだけだとソレをふりきった。死体を見て、そのまま人形が置かれる場所に目を移す。イワンのとなりにはエミールがいて、その近くには宝田さんの首が転がっていた。

「これで三重奏になってしまいましたね。どうやら私の仮説は残念ながら的を射ていたらしい」
「あたりの状況からして、殺害現場はここではありませんね。宝田さんの部屋へ向かいましょう」
「ど、どういうことです?」
「ここで殺されたなら血がもっと広がってる筈です」

 私の言葉に、スカーレットさんが補足を入れる。そしてそのまま宝田さんの部屋へ向かうことになった。

 宝田さんの部屋へつくと、スカーレットさんが何かに気づいたらしく扉の下を見つめている。私も気になって見つめる。違和感が、する。あの隠し部屋があった天井や本棚と同じく、だ。スカーレットさんが触ると、カタンと音を立てて開いたそれ。隠し扉である。
 それにしても、この騒ぎでも起きないとなるとヤマトが心配だ。まだ、起きてこないし合流もしていない。

「宝田さんを殺した犯人は恐らくここから出入りしたんでしょう」
「これじゃあ鍵なんてかけても無駄じゃない!」
「私もこんなものがあったなんて存じませんでした」
「思い出しましたよ!この館はもともとホテルだったようですが、確か最初のオーナーのロシア人は当時世界で名の知れたユーリ・イワノフという奇術師のはずだ」


 そういう会話をよそに、私は集団から抜けてヤマトの部屋へ向かう。思えば、美雪ちゃんの悲鳴で起きなかったのだろうか。ヤマトが真っ先に反応するそれである。それに、はじめちゃん達も気にかけてくれていたはずである。まさか、と、嫌な予感が頭を回る中、辿り着いたヤマト部屋。扉を数回ノックしても返事がない。

「ヤマト、いますか?ヤマト?」

 トントントン。
 ノックを繰り返す。呼びかける。しかし、それを何度繰り返してもヤマトの反応は全くない。宝田さんの部屋のように扉に違和感はないが、これはいい加減おかしい。顔から血の気が、引いていく。

「っ!」

 慌ててそのまま切り返し、田代さんがいるであろう人の集団にまざる。

「アキ、今までどこに――」
「田代さん!ヤマトの部屋の鍵を!」
「え、どうかしたんですか?」
「ヤマトが部屋から出てこないんです!!呼びかけても、返事がないんです!」
「まだ寝てるだけじゃないの?焦り過ぎじゃない?」
「なんでそんなことを言えるんですか!人が二人殺されてるんですよ!?」
「急いで鍵を持って来ます!」

 そう言って走って行った田代さん。嫌な予感がぐるぐるする。落ち着かない。そんな私をいつもの三人とスカーレットさんは珍しそうに見ていたが気にかける余裕もない。
 五分もしないうちに鍵を持ってやって来た田代さんとヤマトに向かう。部屋を開けてみるが、誰もいない。音も、しない。一緒に入って来たスカーレットさんとはじめちゃんも部屋の中を探す。

「ヤマト?どこにいるんですか、ふざけてないで出て来てください!」
「――っヤマト!!」

 はじめちゃんの声に、ヤマトがいたのかと浴室へ向かう。

「――アキ、こっちに来てはダメです!」

 スカーレットさんの制止が聞こえたが、構わず見る。そして私は動きを止めた。

「ヤマト、?」

 ずぶ濡れで、浴室に横たわるヤマト。伏せられた目。浴槽には暗号文と楽譜が散らばっている。

「ヤマト、ヤマト!」

 近づこうとしてはじめちゃんに止められる。どうかしたのかと他の人がやってきた、美雪ちゃんが小さく悲鳴をこぼした。スカーレットさんがヤマトの脈を測っている。やめて。そんな、まさか。そして、スカーレットさんが首を左右に振った。目の前が、真っ白になるのがわかる。なんで、どうして、ヤマトが。どうして!!

「なんで、ヤマトが、」
「アキちゃん、」
「私が、遺産の謎解きに参加させたから?」
「……アキ、」
「私が連れて来てしまったから?」
「違う、アキのせいじゃない!」
「……なんでそんなことが言えるんです?」

チラリ、とはじめちゃんを見る。はじめちゃんは一歩後ろに下がった。スカーレットさんが笑みを浮かべていたけれど、気にも留めない。私がぎゅっと拳を握りしめる。

「私が連れてこなければヤマトはこんな巫山戯たゲームの犠牲にならなかった」
「巫山戯たゲーム、だって?」
「巫山戯たゲームでしかないでしょう、遺産相続の謎解きゲームなんて」

 頭が急激に冷えて行く。しかし、ふつふつと湧き上がるのは怒りだ。周りが息を飲んだのがわかる。

「こんなことになるなら、貴方に任せず私が共にいるべきでした。貴方達の反対を押し切り、一緒の部屋にいるべきでした」
「アキ、」
「……ヤマト、」

 ポロリ、と涙が零れる。ごめんなさい。守れなくて、ごめんなさい。

「……すこし、休ましてもらいます」
「アキちゃん、!」
「ついて、こないでください」

 ふらり、とその場を後にする。誰かが私の名をよんで、誰かがそれを引き止める声がした。