露西亜館殺人事件08


 ノックの音が聞こえて目を覚ます。あのまま寝付いてしまったのか、と目を細めた。

「アキ、いるか?」
「はい、います」

 聞こえてきた声にそちらに向かって歩く。扉を開ければ美雪ちゃんとはじめちゃんがいる。

「……酷い隈ね。目も腫れてるわ」
「……、」
「アキ、昨晩も幽月さんが殺されたんだ」
「幽月さん、が?」
「あぁ、首をまた切断されてな。しかも、完璧な密室だった。アキも遺産相続人である以上、狙われる可能性がある。だから、みんなと一緒に行動しよう」
「……わかりました、着替えるので少し待ってください」

 そう告げて扉を一度閉める。犯人もさっさと私を殺してくれないだろうか。首を美しく飾ってもらえるならば、別に苦ではない。ヤマトがいない、あの一人ぼっちの家のほうが余程の苦痛だ。着替えに手をかけて、動きを止める。

「……首を刈られて?」

 眉間にシワを寄せる。ヤマトの首はつながったままだった。どうして?楽団員じゃないから?時間がなかったから?それとも――。

「アキ?なんかあったのか?」
「いえ、なにもありません。今、行きます」

 はじめちゃんが私を呼ぶ声に頭を切り替えて部屋を後にした。

 やってきた時計の塔では、生きている全員が集まっていた。幽月さん殺害の犯人を探しているらしい。それを横目に見ていると、窓際に佇んでいたスカーレットさんが近づいてきた。

「大丈夫、じゃないようだ」

 英語で告げられたそれに、スカーレットさんを見る。ゆっくりと頭を撫でられて、目を細めて笑みを浮かべれば、スカーレットさんの動きが止まる。そのまま薄っすらと目を開き、首を傾げた。

「『弟』は、元気でしょうか?」
「……その話は後にしましょうか」
「そうですね、何処でコンダクターが聴いているかわかりませんし」

 そう言ってクスクス笑う。スカーレットさんも同じく笑みを浮かべた。しかし、不意に青年――犬飼さんがスカーレットさんに殺害容疑をかけはじめた。昨日の夕飯時に出たココアに砂糖を入れなかったから。マスターキーを持っていたから。あまりにも単純な推理にクスクスと笑ってしまう。

「な、何が可笑しいんだよ!」
「いえ、貴方のそれでは私も殺害容疑がかかりそうだと思っただけですよ。私は昨日の夕飯に呼ばれてませんし。それに、スカーレットさんが遺産相続人候補を殺して何の得があるんです?」
「飯塚さん、貴女と共犯だったのではないですか?」
「共犯、ですか」

 犬飼さんの的はずれな推理にコテンと首をかしげる。

「ええ。貴女の弟が死んでいるのを発見した際、ローゼスさんは貴女の下の名前を呼んでいた。親しげに、ね」
「なるほど、で?」
「え?」
「人は仲良くなれば下の名前で呼ぶものでしょう?特に欧米で生活していた人は。それに、貴女の推理では私はヤマトを手にかけたことになっていますね」
「だって、実の弟を殺されたのに、貴女は冷静だったじゃないか!」
「……くだらない」

 そう言って目を伏せて一蹴する。犬飼さんから視線を移し、窓の外を見た。冷静、なわけがない。冷静ならば、私はきっと犯人を解き明かす側に回っているだろうからだ。それをしないのはなぜか。こみ上げてくる怒りを犯人にぶつけかねないからである。この怒りがあるかぎり、きっと、私は冷静ではない。――犯人を殺してしまいたい、だなんて考えは直情的でしかない。

「それに僕は見たんだ、ローゼスさん、貴女が飯塚さんの部屋へ出入りするところをね!」
「それは、」
「それは彼女が自力で部屋のトリックを見つけたからですよ。しかし、女性の力ではどうも開かなかったので部屋が近い私が頼まれたんです。しかし、彼女の部屋の仕掛けはただの天井にある隠し部屋に行くものだけでした。私の部屋は確かに抜け穴がありますが」

 そう告げたスカーレットさんに、犬飼さんは、ほら見ろと、周りが認めつつあるはじめちゃんに話題を振る。しかし、はじめちゃんは犬飼さんの推理に渋った表情を見せた。いわく、睡眠薬を飲まずにココアを飲む方法があるらしい。
 メイドの桐江さんが持ってきたココアに、はじめちゃんは唐辛子をスプーン一杯入れる。そしてそのまま飲み干した。辛くもないそれ。どうやら牛乳の膜を使ったらしい。未だにスカーレットさんに喰ってかかる犬飼さんに静かに一言「見苦しい」とこぼせば、彼は桐江さんに視線を向けたあと、部屋へ戻っていった。そして続けて気の立っているらしい梅園さんも部屋を後にする。それを見送ったあとに、スカーレットさんは私を見て微笑んだ。

「さて、飯塚さん――いえ、もう、関係を隠す必要はないでしょう。アキ、先程の話の続きをしましょうか」
「そうですね」
「その話、俺も混ぜて貰いたいな」
「……ええ、そうですね。その方がいいでしょう」

 そう言ったスカーレットさんは私の手を取って廊下を進み始める。後ろから、「ファントムに唆されたクリスティンの図ですね」と佐木くんが言っているのが聞こえた。