露西亜館殺人事件13


「なぁ、アキ」
「どうしたの?はじめちゃん」

 ヤマトがパトカーで病院に送られる前のことである。軽くヤマトを説教をしていると、不意にはじめちゃんに呼ばれた。首を傾げれば、どこか安堵したようにはじめちゃんが息を吐いた。

「いや、まじであの犯人役してる時のアキ、怖かったからさ」
「ああ、あれですか」
「本気で高遠みたくなったのかと思っちまったぜ」

 はじめちゃんの言葉に口を紡ぐ。意外と楽しかっただとか、若干本心も混ざっていたとか、余計なことは言うべきではないだろう、きっと。彼らは冗談として、演技として捉えているのだから。

「そういえば、アキちゃんが死んだ振りしてた時の……」
「言わないで。美雪ちゃん。言わないで。あれは高遠さんが無理矢理してきたのであって、私は全く関与してない」

 ふい、と顔を背けると、近くにいたヤマトが顔をしかめた。

「アキ、高遠と何かあったのか?」
「ヤマト、話を掘り返さないで。それはもう終わった話題だから」
「もしかして、先輩、あれ、フリじゃなかったんですか!?」

 佐木くんの言葉に、顔が真っ赤になるのがわかった。ヤマトは私を見て、固まっている美雪ちゃんとはじめちゃんを見て、佐木くんをみる。

「どういうことだよ」
「いやぁ、飯塚先輩が死んだふりをした時に」
「さ、佐木くん!!最新の編集ソフトで手を打とう!」
「え?」

 慌てて佐木君に声をかける。ヤマトが知らなくていいことだ。本当に、知らなくていいことだ。

「アキ、何かあったんだな」
「何もありませんでしたよ」
「じゃあ、見てもいいよな?」

 私の顔から血の気が引いた。ヤマトは首を傾げつつ、佐木くんの見せてくれたビデオを見ている。それに便乗して明智警視や剣持警部も、だ。それを止めようとあがくけれど、はじめちゃんが真面目な顔で私を掴んだ。美雪ちゃんもぐるになって、だ。佐木くんのビデオには、犯人のフリをする私が映し出され、そして死んだふりをした私に変わる。高遠さんがそれを抱きとめて。
 映し出された光景にヤマトと明智警視、剣持警部が固まる。高遠、今度会ったら殴る。小さくつぶやいたヤマトに、明智警視が『警察を頼りなさい。強姦容疑も追加しておきます』と非常に真面目な表情で言った。剣持警部がこちらを心配そうに見つめ、護衛を手配するとまで言い出す始末である。あまりの羞恥に真っ赤なまま固まっていると、弁護士の有頭さんが声をかけてきた。

「あの、飯塚さん」
「は、はい?なんですか?」
「この手紙なんですが……読まれましたか?」

 見せられたのは親が託した手紙だった。私は首を左右に振ると、有頭さんは手紙を渡してきた。ヤマトや周りにも聞こえるように、その手紙を音読し始める。

「拝啓、遺産相続候補の皆様。死にたくなければさっさと名乗りをやめることだろう。これは、陰険ジジイ――山之内恒星がしくんだ罠のようなそれなのであって、この遺産相続ゲームはいずれ殺人ゲーム、もしくは犯人特定ゲームへと変わるだろう。なので、参加することをおすすめはしない。手のひらの上で踊りたいのなら別だが。また、犯人へ。これは仕組まれた物だと君は理解していないはずだろう。それは別にいい。しかし、これだけはわかって欲しい。我が飯塚龍一及びその妻アリス、娘・アキ、息子・ヤマトは如何なる場合においても、山之内恒星の遺産相続を破棄する。また、遺言状に参加が絶対命令としてある場合、我らが手に入れた遺産は我らを含む候補者や参加者以外に等分配分する。飯塚龍一」

 書かれていた内容に頭を抱える。やはり、この人はすべてを読んだ上で私達を向かわせたのだ。面白がってに近いだろうか。あまりの内容に、はじめちゃんも明智警視も顔をしかめている。この手紙を読んだ上で思うこと。

「結局、本当の指揮者は桐江さんでも、山之内先生でもなく、父さんだったんじゃないですか……」

 そう、全てが彼の掌の上の出来事に過ぎなかったのだろう。ヤマトと二人顔をしかめていれば、有頭さんが口を開く。

「……私はこれを最初読んだ時、脅迫じみたものだと思っていたのですが、いざ事件が終わってみると……」
「飯塚龍一は、アキさんの言うとおり、全てを予期していたようですね」
「……私が最初にこれを皆さんの前で読んでいたら、この事件は起こらなかったのかもしれません。すくなくとも、ヤマトくんには被害はいかなかったかもしれない」
「いえ、有頭さんのせいではありませんよ。父がここまでわかっていてこないのが悪いんですから」
「けど、アキ達の父親って何もんだよ。事件の前から事件の真相がわかってるって……」
「それは俺たちが聞きたい。むしろ、あいつ、これが起こるとわかってて俺たちを寄越したのか」

 眉を潜めてはじめちゃんにそう告げたヤマトに、私も顔をしかめて頷く。世界の何処かにいる父親が益々わからなくなった。何が、したいんだろうか。私達を掌の上で転がして。問い詰める気にも、ならないのだけど。