親の心子知らず



「もう!どうしてあんな口の聞き方するの!」

 目の前で少し怒っている女性に、その男は少しタジタジになっていた。眉尻を下げた男――飯塚龍一は、怒っている女性を見つめる。真っ赤な服を身にまとい、怒っている女性――飯塚アリスはその表情にツンと顔を背けた。二人がいるのは海の上。豪華客船と言われるそこである。

「だが――」
「あんな風に言うから、アキにもヤマトにも警戒されるのよ」

 アリスの一言に龍一は、うっ、と息を詰まらせた。そして、アリスから視線を外し深くため息をついて項垂れる。

「あれはわざとじゃない。『偶々』俺がアキの部屋に入った時、『偶々』隠されたメッセージカードがあってだな」
「貴方の偶々は偶々じゃないのよ、いい加減理解しなさい。後、年頃の娘の部屋に勝手に入るなんて最低よ」

 ハッキリと言い放ったアリスに、ショックを受けたらしい龍一は片手で顔を覆う。そして、また、ため息をついた。

「本当に偶然なんだが、どうしたら信じてくれるんだ」
「なら、その死神体質を治してよ、『死神くん』?」
「酷い言いがかりだな、俺はそんな体質になった覚えはない。しかも、『死神くん』だなんてアダ名は、何処ぞの死んだマジシャン達を思い出すからやめてくれ」

 もう一度深く息を吐いて、龍一は空を仰いだ。アリスはそれを見て、眉尻を下げる。
 飯塚龍一は紛うことなきトラブル吸引体質である。向かうところ向かう所で事件が起こるのだ。なので、昔なじみの友人からは『死神くん』などと呼ばれている。そんな昔なじみの友人も、今は世界に一人しかいないのだけれども。

「アキももう大きいんだから、本当のことを言えばいいじゃない」
「本当のこと?何をどう言えばいいんだ?俺のトラブル体質に巻き込まれないようにお前を日本においている、か?それとも、君を追う連中から逃げるのに足手まといだから日本においている、か?」

 そう、飯塚夫妻が娘と幼い息子を日本においてきているのは、その体質を考慮した結果だった。殺人事件、なら、まだましな方だろう。だが、飯塚龍一が引くトラブルはどこぞの推理作家のように殺人事件だけとは限らないのである。もっと質の悪いものを引いてしまうこともあるのだ。でも、とアリスは思う。

「そのどちらもよ。黙って傷つけるよりマシだと思うの」
「あの二人を置いていっていることには代わりがない。年を重ねた今なら理由があるか、ないかぐらいわかるだろう」
「いいえ、龍一さん。人は思っているよりも言葉にしなきゃわからないものよ」

 首を静かに左右に振ったアリスに、龍一は目を伏せる。

「……でも、君はわかってくれる」
「私は貴方が優しいとわかってるもの。子供を日本に置いているのだって、自分が巻き込まれる事件から守る為に泣く泣く置いてることを知ってるし、貴方がどのくらいの頻度で事件に巻き込まれてるかも知ってるわ。でも、アキとヤマトは違うの。何も知らないのよ」
「……」
「あの二人は何もわからないまま置いていかれてる。自分が捨てられたって思っていてもおかしくないわ」
「もう、思ってるだろう。それは今更どう足掻いても拭えない記憶だ。そしてそれには君も含まれる」

 困ったような笑みを浮かべて龍一は言った。アリスは悲しそうに目を伏せる。

「アキももう大人だ。俺たちが護るのではなく、誰か他の男が護る。それが、探偵だろうが、怪盗だろうが、犯罪者だろうが、はたまた一般人であろうが俺たちが口を出す問題ではない」

 そう言い放った龍一に、アリスは困ったような、それでも優しい笑みを浮かべた。

「……貴方って、本当に分かりにくい優しさよね。アキに持たせた手紙だって、何かの忠告だったんでしょう?貴方が行くはずだったそれだもの。事件に関わってるわ、きっと」
「……さぁ、どうだかな」
「本当は心配で心配でたまらないって顔をしてるわよ。龍一さん」

 つん、とアリスが龍一の額を小突いた。龍一は一瞬それにキョトンとするが、すぐにもとのしかめた表情に戻る。

「そんなことより、アリス」
「どうしたのかしら、龍一さん」
「そろそろ事件が起きそうだから俺のそばにから――」
「きゃあああああ!!!」
「――あら、また、予感的中ね、龍一さん」

 聞こえてきた悲鳴。それに、くすりとわらったアリスは龍一を見る。龍一は深い溜息を吐くと近くにあった鞄を手に立ち上がった。どうやら、殺人事件を引いたらしい、と龍一は思う。ならば、早々に片付けるべきだろう。これからの航海の安全のためにも。

「……いくぞ、アリス」
「ええ、ついていくわ、ダーリン。貴方に解けない謎はないものね?」
「さぁな……世界中さがしたらあるかもしれないな」

 そう言って何処か楽しげに笑った龍一に、アリスはニコリと笑う。部屋を早足で去った龍一を追ってアリスも部屋を出た。