秘密二つ――内緒話


 アキの様子が最近おかしかった。いや、いつもと同じだけれども、どこか違うような感じがした。多分、他人は気づかない些細なくらいの変化だろうけど。それを突き止める前に海外へと渡航してしまったアキ。なにもなければいいな、とおもう。
 とりあえず、探偵団と博士と一緒に海に来ている俺は、熱中症でダウンしている灰原の横にいる。スポーツドリンクをコップに入れて渡せば、灰原はソレを受け取った。

「貴方は優しいのね、飯塚くん」
「そうか?普通だと思うけどな」

 そう言いつつ、暇つぶしに持ってきた法医学の本をめくる。最近のもっぱらのブームは法医学である。死体を見すぎて、ちょっと興味がでたというか、さっさと事件を解決するためにもこれは必要だと思うのだ。と、いっても、医学辞書片手にだけどな。大学は医学は専攻じゃなかったし。

「まぁ、寝とけよ。俺はこの部屋にいるから安心しろ」
「お言葉に甘えるわ」

 そう言って目を閉じた灰原を確認し、本をめくる。
 最近、少しづつ将来を考えるようになったけど、下手に企業就職するより警官になりたいな、という思いが強くなった。キャリアとかノンキャリアだとかいう話はわからないけど。明智警視あたりに聞こうか。確か、捜査一課のトップはノンキャリアじゃないと無理なんだよなぁ、とか思いつつ。高校出てそのまま警官、も、悪くないかもしれない。高遠を捕まえる的な意味で。明智さんあたりに相談したいが、アキがいない今、接点はまるでない。
 ……毛利探偵に聞いてみるか?

「……飯塚くん」
「なんだよ、まだ起きてんのか?」
「何読んでるの?」
「法医学の本」
「……理解できるの?」
「医学辞書片手にならな」

 ちらり、と灰原がコチラを見たため、なんだよ、と首を傾げる。

「普通の六歳は、理解できないわよ」
「今更だろ、そんなん」

 そう、俺はそんなに隠すつもりはないのだ。だから、コナンの推理を悠々と手伝ったり、灰原と論文を読みふけったりする。周囲は少々変わった子、として認識してくれるから。

「第一、ソレを言ったら、お前とコナンだって普通の六歳じゃねーだろ」
「貴方は、何者なの?ただの天才児じゃないでしょう?」
「頭脳は、大学院生」
「!」
「――って、言ったらどうする?」

 法医学の本に目を落とし、そう告げる。灰原は驚いたようで、目を開いていた。

「……まぁ、どんなのでも俺は俺だけどな。この世界でどうあがいたって、飯塚ヤマトだ。ソレ以上でもソレ以下でもない」
「この世界?」
「……俺みたいな存在はフィクション的で非科学的なそれだ。人格障害、被害妄想、自己投影、医学的に言えばそんなもんだ。そして、恐らくだが、お前らは違う理由なんだろ?そうなってんのは」

 本からは目を離さないので、灰原がどういう表情をしているかなんてわからない。本の内容は全く入ってこない。同じ所を永遠と目を通し続けている。
 はっきり言ってしまえば、灰原やコナンにこの秘密をばらしてしまうのが、怖い、のだ。電波だと思われる。いや、それはまだましだ。最悪、拒絶されるかもしれないソレである。灰原とコナンとは違う理由なのだから、仲間がひとりもいない。

「人格障害、ということは、貴方の他に人格があるの?」
「いや、気づいたら俺は『俺』だった。俺の人格しかねぇよ」
「なら、貴方は飯塚くんでしょう?」
「……じゃあ、どうやって俺を理論付ければいいんだよ」

 パタン、と本を閉じて窓の外を見る。確かに死んだ記憶はある。多くの人にはないそれだ。なぜ、俺だけにあるのか。それを科学的に証明するとすれば『人格障害』でしかなくて。本やドラマの登場人物に対しての『自己投影』でしかなくて。最近はそれで納得していたのだ。
 ――『俺』は『飯塚ヤマト』が何かから守るために作り上げた人格なんじゃないかと。

「体が縮んでもない、脳手術を受けたこともない」
「……」
「なのに、なんでこの体に『大学院生として生きて死んだ記憶』があるんだろうな」

 そう言って窓から目を離して、立上がる。

「……それは、」
「――もう寝ろよ、疲れてんだろ。俺は自分の飲み物買ってくるから」

 そういって、灰原とは視線を合わせずお金をとって部屋の扉へ向かった。灰原が後ろから声をかけてくるが、無視である。

「飯塚くん、」
「ほら、熱中症患者はおとなしくしてろ」
「飯塚くん、」
「ほら、はやく――」
「飯塚くん!」

 声を荒らげた灰原は、俺の服を掴む。俺はバランスを崩して後ろへ倒れそうになったが踏ん張ってこらえた。飯塚くん、と尚も俺を呼ぶ灰原に深くため息を落とす。

「……気持ち悪いだろ、俺。何が大学院生だよ、何が第二の人生だよ。こんな装備、別に神様に頼んだ覚えはねーよ」

 ぽつり、と吐いてしまったのは本心で。アキにも相談できない秘密で。

「気持ち悪くなんかないわ。気持ち悪い、と答えてしまえば私と江戸川くんだって『気持ち悪い』もの」
「……認めんだな、自分の体と中身の年齢が違うって」
「ええ、確かに違うわ。私は十八歳だったもの。貴方とは『違う理由』で縮んだの。でも、同じでしょう?違い、とすれば、私には『縮んだ記憶』があって貴方にはないことくらいかしら」
「そうかもしれないな」
「――だから、そんなに自己否定しなくてもいいのよ。貴方に『大学院生』の記憶があることも、別におかしくない。おかしいだなんて、私が言わせない」

 ぽつり、と呟かれた言葉に俺は灰原をちらりと見る。顔が俯いていて表情はわからない。

「一人で、悩まないで。私で良ければ、相談に乗るから」

 俺を見上げる瞳には心配が宿っている。
 ――ああ、やってらんね。目から零れた涙を見せまいと灰原を抱き寄せる。ちょっと、なんて言葉が聞こえたが無視だ。

「なんだよ。お前、優しすぎだろ」
「ちょっと、離しなさい」
「ヤダ」
「離し――」
「ワリぃけど、しばらく我慢してくれ。こんな顔年下に見られてたまるか」

 ポロポロとこぼれてくる涙を止めようと片手で顔を覆う。見上げてきた灰原に、なんだよ、とこぼせば、驚いた顔をした後、すこし笑みを浮かべられた。笑うこと、ないだろうに。

「しばらく我慢しといてあげるわ」
「……サンキュ」
「それに、江戸川くんには黙っててあげる」
「おう、ありがとな、灰原」

 さて、これは仲間が帰ってくるのが先か。俺の涙が止まるのが先か。神のみぞ知る、ってやつだ。