深夜12時のシンデレラ-2-
それからも、度々彼女――アキとは会っていた。どうやら、春休みという長い休みに入ったようで、僕に近所の公園や本屋などを案内してくれたりもした。
そこでわかったが、彼女はとても明るく人懐っこい。僕が昼間に昇る消えそうな月ならば、彼女はさんさんと輝く太陽だろうか。友達も多いようで、僕との予定がある日以外は友達と遊んでいるようだ。
――しかし、彼女のことを知る一方で、気になることも増えた。
「また、だ」
彼女の家の明かりは、一つしかつかない。そしてそれは早い時間に消える。たまに、夜遅くに人が出入りするようではあるが、それにしたって人の出入りが少ないのである。それに、僕は彼女の家族に未だにあったことがないのである。今日も夕刻に差し掛かっているが、彼女の家の明かりはついていない。
ナターシャの英語が聞こえ、アキが英語で返すのも聞こえる。
――お使いご苦労様、いつも偉いわね。
――ありがとうございます。
そんな内容の会話だ。窓から下を見下ろせば、彼女が両手に袋を持っているのが見える。彼女を手伝おうか、と思ったが、アキは慣れたように自分の家に入っていた。
その日の夜のことだ。
そろそろ窓を閉めようと窓に近づくと、アキが何処かへ歩いていくのが見えた。時計を見れば、もう夜の11時を指していて、決して子供が出歩いていい時間ではない。急いで下に降りて、鍵を閉めようとにいたナターシャに父親は出張で今日はいないんだったな、と思い出した。
「ナターシャ、ちょっと外へ行ってくるよ」
「危ないデスヨ、」
「アキが一人で外に行くのが見えたから」
そう告げれば、ナターシャは僕に鍵をわたしてくれる。そして。そのまま靴を履いて外に出た。やはり、隣の家の電気は一つもついていない。誰もいないらしい。
アキが進んだであろう方向を見る。公園へと向かう方向だ。夢遊病にしては、ちゃんとした足取りだった。走ればすぐにでも彼女に追いつけるだろう。
昼間の道と、夜の道はこんなにも違うのか、と思う。どこの国でも、夜の犯罪発生率は昼間に比べて跳ね上がる。そんな中、幼い子供が一人でウロウロとしていれば。日本は確かに、犯罪発生率はイギリスに比べ少ない。でも、そういう趣向の輩は、どの国でも一定数存在するのだ。
やっと見えた背中はやはり、公園へと向かっているようだ。人気のない道をまっすぐ進む彼女はまるで小説に出てくるヒロインや、主人公に似ている。
「アキ」
そう言って、彼女の腕を掴む。肩を跳ねさせて、振り向いた彼女は目を丸くして僕を見た。
「こんな夜中に出歩いちゃ、ダメだろう? 家の人はしってるの?」
「……」
「アキ?」
俯いた彼女を不思議に思い、彼女の目線にあわせるようにかがむ。
「アキ、兎に角、帰ろう。夜は危ない」
そう手を引いても、彼女は頑なに動かない。アキ? と声をかけても彼女は首を振るだけだ。僕はため息をつく。彼女は肩を跳ねさせた。
「……遙一くんは、かえっていいですよ、」
「そんなことできるわけがないだろう? どうしたのか、おしえてごらん?」
そう言えば、アキはちらりと僕を見た。
「……おうち、いたくないです」
そう小さな声で告げた彼女に、目を見開く。それは、いつかの自分に似ている気がした。
「――おうち、誰もいないから、いたくないです。ひとりぼっちだから、かえりたくないです」
彼女の言葉に、パチリとピースが嵌った。
だから彼女は毎日買い物をしている。だから、隣の家の電気は一つしかつかない。夜中に出入りする音は、きっと、アキがこうして家から飛び出す音なんだろう。俯いた彼女は、また言葉を紡ぐ。
「もうちょっとしたら、かえるから、遙一くんはかえっていいですよ、」
「……僕も一緒にいるよ」
そう言って彼女の頭を撫でる。彼女は僕を見上げた。
「だから、ひとりぼっちじゃないよ」
その言葉に、彼女はポロポロと涙を流し始めた。彼女をあやすようにぎゅっと抱きしめて、背中を叩く。
「ひとりぼっちは、寂しいからね」
「うん、」
「アキはずっとひとりぼっちだったんだね」
「うん、」
「気づいてあげれなくて、ごめんね」
「ううん、」
「大丈夫。僕がいるから」
ぎゅっと服を握られる。押し込めるような泣き声も聞こえる。泣いてもいいんだよ、と、背中をさすった。
不意に、車の音がした。近くで止まったそれ。君たち、と、声をかけられる。警察の服を着ているということは、パトロール中の警官だろう。背後にはパトカーが見える。
「こんな夜中に何をしているんだい?」
「妹が、嫌な夢を見たのか、家を飛び出してしまって」
そう苦笑いをすれば、警官達は顔を見合わせた。
「家は?」
「この近くです」
「送らなくても大丈夫?」
「はい、すぐにつくので」
そう言えば、すぐに帰りなよ、と警官達はパトカーに乗った。仕方ない、と、アキを抱き上げてみる。軽いそれに、ちゃんと食べているのか気になった。ぐすぐすとまだアキは泣いているらしい。今日、あの父親が留守で本当によかった、と、息を吐いた。