月夜のワルツ-1-


「遙一くん?」
「……ああ、アキ。どうかしたかい?」

 そう僕を覗き込んできたアキは首をかしげる。どうかしたんだろうか、と思えば、アキはこーんな顔してたよ!と眉間に眉をひそめた。そして、また、まっすぐに僕を見る。何か考えたような表情に、もう一度彼女に声をかける。

「アキ?」
「ううん、なんでもないです!」

 ニコリ、と笑ったアキはそのまままたおとなしく本に目を落とした。


 ――高校に入学して。
 気づけば入っていたクラブ活動に時間を取られはしたが、アキは決してそのことについて嫌がりはしなかった。聞き分けのいい良い子、なのだろう。だから、彼女の両親は彼女を置いていった。父親は最初はアキを見ては眉間にしわを寄せ何か言おうとしていたが、ナターシャに何か言われたのか、いつしか何も言わなくなった。だから、こうやって僕の部屋に来る。

「遙一くん、遙一くん、」

 またそう言ってアキは僕を見る。僕は体を起こして、アキを見下ろした。

「どうかした?」
「見てみて!」

 そう言ったアキは何処からともなくボールを取り出してみせる。それに目を瞬かせれば、アキはもう一度ボールを消そうとして――失敗したらしい。手のひらから落ちたボールに、アキはむぅと顔をしかめ、僕はクスリと笑った。
「きょうの、お昼はできたんですよ!」
「そっか」
「信じてないですね! ほんとうですよ!」
「信じてるよ。アキ、ほら、貸してごらん」

 そう言ってアキのてからボールをもらう。それを薔薇の花にかえてアキの耳元にさせば、アキはしかめっ面からまた笑った。

「何処で覚えたの?」
「おしえてもらいました!」
「……だれに?」
「この前、遙一くんと一緒にあった霧島のお兄さんに」

 そうニコニコと笑っているアキに、あぁ霧島か、と思う。土曜に一緒に本屋に行った帰り、ばったりと霧島に会ったのだ。高遠の妹?と聞かれたそれは記憶に新しいし、霧島はあれからよくアキを気にしている。

「会ったの?」
「この前、公園にいたら会いました。そこで、教えてもらいました」
「……」
「また今度、教えてくれるって約束しましたよ」

 フニフニと笑うアキは恐らく嬉しいのだろう。マジックが楽しいが尋ねれば、楽しいらしい。遙一くんみたいになりたいです、とまた笑ったアキの頭を撫でる。

「僕が教えてあげるのに」
「ほんとうですか!」
「うん」

 そう言えば、ふにゃりと笑ったアキのほっぺたを触る。それをむに、と引っ張れば、アキは困った顔をした。

 ――僕が全部教えたかった、だなんて、年下に言わないけれど。

 そんな中、不意に携帯電話がなる。机の上にあるそれをアキがとってきた。そして、アキが持つ小さな携帯電話もピロリンと可愛らしい音がなる。首から下げた携帯電話をアキは見て、首を傾げた。彼女の携帯電話のアドレスを知る人はごく僅かだ。この前見たときは彼女の両親と、彼女の友人の家の電話番号、そして僕の携帯電話しか入っていない。

「誰からだった?」
「霧島のお兄さんでした」
「霧島? 交換したの?」
「はい」
「いつのまに……なんて?」
「遙一くん連れてきてって」

 そう言ったアキは僕に画面を見せる。確かに神社に僕を連れてくるように書かれている。 僕の携帯電話には、同じく霧島からのメールだ。僕には、人に呼び出されたから来てくれと書かれていた。場所は、間違えてアキに送った、となっている。

「……アキ、一人で待てる?」

 そう尋ねれば、アキは困った顔で一瞬止まり、そして頷く。なるほど、嫌、らしい。それもそうだろう。最近はこうして一緒にいることがないから、恐らくは寂しいのだ。

「……アキ、おいで。まだちょっと寒いから、僕の上着を羽織って」

 そう上着を渡せば、アキは首を傾げながらもそれを羽織った。