そして黒き薔薇は咲く




 ――飯塚ヤマト。
 パーフェクトブルーとも言われる彼は国内外問わず警察に頼りにされあることが多い。だからこそ、若くしてこの学園の先生に抜擢された。
 彼はあまり怒らないことで有名だった。学園でヘマをすると、呆れることや困ったように笑うことはある。しかし、激昂することはない。

 そう、その筈だった。たまたまQクラスとAクラス、いつもの面々と七海で課外授業に出たのは良かったのだが、居合わせた事件が悪かったらしい。出来上がった死体はまるで芸術品の人形のようなそれで、メグはそれを見ないうちに飯塚先生に目隠しをされる。え?と呟いた彼女に、彼は「見るな」とだけ告げた。

「お前は見ないほうがいい、悪夢を見るぞ。七海さん、周りを遠ざけてくれ。あと、全員固まって動くな。特に一人では絶対に。あと、警察呼んでくれ」
「何時間かかる?」

 そう尋ねた七海先生に、飯塚先生は少し考えて「2時間あれば」と告げた。





「あれって、本当に死体なの?」

 そう尋ねたキュウに、周りは自分たちも疑わしい、というような表情を浮かべた。七海先生は部屋を後にし、個室のような場所で私たちは待機を命じられた。私は死体を見ていないから、どんなものかはわからないけども。

「人形みたいだったわ」
「人形?」
「ちょっとグロテスクな美術館に飾ってる人形って感じだったね」

 そう言われてイマイチパッとしないそれ。見たかったような、でも、私は見てしまえば忘れられなくなるのだし、先生が言っていたように『悪夢』を見てしまうかもしれない。

「あーあ、捜査に加わりたかったなぁ」

 そうぼやいたキュウに賛同するように、周りが声を上げた。でも、リュウが少し考えて、口を開く。

「おかしくないか?」
「なにが?」
「飯塚先生。今まで僕らが一緒に事件に居合わせても、経験を積ませてくれていた。でも、今回は僕らを追い出した。彼の様子も可笑しかったように見える」
「君たちは彼が何故今の立場にいるかを知っていますか」

 不意に響いた声に、そちらを見る。扉にはこの屋敷の給仕さんが立っていた。お茶をお持ちしました、と告げた彼はにっこりと笑ってお茶を置く。

「ああ、失礼しました。飯塚さまよりお茶を運ぶよう頼まれましたので」
「ありがとうございます」
「いえ」
「お兄さん、どうして飯塚先生が探偵になったか知ってるの?」
「えぇ、彼とは昔からの知り合いなんです」

 そう告げた彼はどこか懐かしむように外を見た。

「彼はね、肉親である姉をあの死体のようにして殺されたんですよ。姉の恋人もその事件で目覚めぬ人になってしまった。その犯人をずっと追いかけてるんです。まぁ、何故彼が先生なんかになっているか、まではわかりませんが」
「犯人? 捕まってないの?」
「捕まえても逃げ出してしまうんですよ」

 そう肩を竦めた彼に、そうなんだ、と手元の紅茶を見つめる。じゃあ、飯塚先生は復讐のために探偵になった? そう尋ねたカズマくんに、さぁねぇ、と彼は笑う。それを見て、違和感を覚えた。彼は本当に先生の知り合いなんだろうか。だって、それにしてはよそよそしすぎる気がする。

「どうかしましたか?」
「あの、あなたは本当に、先生の知り合いなんですか?」
「知り合いですよ」
「でも、何処か――」
 よそよそしいじゃないですか。

 そう告げれば、彼の口がニッと弧を描いた。彼の手がポケットに入る。

「それは――」

 彼はそこで言葉を止める。ワァワァという声、勢いよく扉が蹴り上げられ、人を抑えている七海先生と、無表情に近い飯塚先生がいた。

「告げた時間より随分はやい。まだ1時間ですよ」
「お前の弟子が雑魚すぎた。雑なんだよ、全部」

 ピリピリとした雰囲気が走る。

「ああ、やはり、そうでしか。彼には期待してません。それでも2時間かかると思ったんですけど。あと1時間かかっていればねぇ」

 ここにいる貴方の生徒、みーんな人形にして差し上げたのに。
 そう笑った彼にゾクリとする。笑みはどこまでも歪んでいた。目を見開いた先生は、彼を見る。

「黙れよ」
「貴方のその表情、堪らなく好きです。貴方の絶望したような表情もね」
「黙れ」
「貴方の顔を見るたびに思い出します。彼女はとてもいい出来でした。燃えてしまったのは、本当に残念です。あの傀儡子と並べたかったんですが。それにしても、貴方、また、あの傀儡子の居場所を変えましたね? いい加減にしてくれません? 追う私の身になってください。ただ、息をするだけの犯罪者でしょう、彼」
「お前こそいい加減に死んだらどうだ。殺してやろうか、いま、ここで」
「貴方もブタ箱送りですが」
「あれくらいすぐに脱出できる」

 飯塚先生はそう言ってジャケットに手を入れた。そして、どこからともなく赤い薔薇を取り出す。彼はそれを見て愉快そうに笑った。それは同時だった。飯塚先生が薔薇を投げるのと、男がナイフを投げるのは。先生に向けてではなくその側にいた桜子さんに向けてである。先生はそれに目を見開いて桜子さんを庇った。ナイフが先生の腕に刺さり、先生! というキュウの声、先生は膝をついた。

「あまり動かない方が。微かではありますが、毒と睡眠薬を仕込んでいますので。あと、同じ手には会いませんよ」
 では、またお会いしましょう? 愛しのパーフェクトブルー。

 そう告げた彼は動けない私たちをよそに、窓ガラスから身を投げた。慌ててキンタが下を見にいき、キュウとリュウが先生! と駆け寄る。先生は、ポケットから携帯を取り出す。

「おいコナン、発信機つけたから取り逃がしたら蘭さんにあることないこと言うぞ」

 それだけ告げると、先生が携帯を落とす。そして、七海先生に振り返った。

「……これは、やばい……おれ、おちます」
「え、おい!」

 どたり、と飯塚先生が倒れる。先生! と桜子さんと私も駆け寄り、カズマくんが救急車!と叫ぶ。ドタバタとし始めた周り、聞こえてきたサイレンの音。
そんな時に、なんとなく、ただ、なんとなく先生の投げた薔薇の行方を見た。先生は何故薔薇なんか投げたのだろうか。壁の付近には薔薇の花弁。そして、壁に刺さったナイフ。

「――え?」

 その時の私たちは、飯塚先生が抱く気持ちも、あの男が何故先生につきまとうかも、そして、私たちが巻き込まれることも、何も、知らない。