―― 普通でいることは、悪いことなのだろうか。特殊でいて、後ろ指を指されるよりも周りに溶け込んで、周りと同じような幸せを周りと同じような人生を歩む。

 立川さんがそんな夢を抱いたのは小学生の頃だったらしい。
 彼女はある意味特殊だった。
 幽霊が見えるわけでもないし、何かが周りと違っているわけでもない。ただ、いわゆる「本の虫」とよばれる存在で昼休みになっても放課後になっても本を読んでいた。同級生と遊ばない蓮子は、クラスで浮き始めた。周りは彼女を揶揄い――それは、次第に。

 ――普通でありなさい。

 そう彼女に諭したのは当時の先生だった。周りと同じことをしていれば、こんなことは起こらない。だから、周りと同じであれ、と。
 立川さんは本を読むのをやめて、遊ぶようになった。最初は仲間に入れてくれなかったが、次第に仲間に入れてくれるようになり、揶揄われることはなくなった。周りに溶け込んで、周りと同じ道を歩む、それが楽しいことのように感じたのだと後日僕は彼女から聞いた。

 しかし、それは特務司書になったことで崩れてしまったのだろう。
 日本において、指を折るほどしかいない『特別な存在』。希望者が多数いる中で、立川さんはその『特別』に選ばれたのである。
 彼女は別になりたくて受けたわけではないらしかった。周りが、彼氏が、受けるから勧められて受けただけだ。彼氏が受かったら俺と結婚な、と笑っていたのだと。
 ――でも、選ばれたのは立川さんで。そこからの展開は予想できる。彼氏はどうしてお前なのだと言って。周りも彼女を避け始めた。特別だと、自分たちとは違うのだと。
 少しずつ狂い始めた歯車は次第に軋み、その事を忘れたくて仕事に没頭して、仲直りするタイミングを探していた矢先の出来事らしい。買い物に出かけた街で、知らない女の子を連れた彼氏に問い詰めて見れば――。
「そんな男、司書の隣にいる必要はないよ」
 そう言い放ったのは立川さんの会派にいる萩原先生だ。とりあえず、立川さんを談話室でなだめていれば、様子をうかがっていた萩原先生が珍しくそんな事を言った。怒っているのか、軽蔑しているのかわからない。いや、恐らくは両方が含まれているのだろう。立川さんは俯いていた顔をばっとあげて、萩原先生を見た。ぽろぽろと涙がこぼれる。
「そんなこと、言わないでよ!」
「……立川さん、ほら、落ち着いて」
「海野さんは知らないから言えるの」
「うん、そうだね」
「幸せしか知らないから言えるのよ」
「うん、うん、」
「置いていかれたこともないから」
「うん、そうだね」
 ぽんぽんと海野さんは子供をあやすように立川さんをやさしくさする。成り行きを見守っていたらしい佐藤さんも複雑そうに立川さんを見た。
「――立川さんはその人のこと、好きだったんだね」
「うん」
「大好きだったんだ」
「うん」
 喧嘩のようなことをして、そのことを忘れたいから仕事に没頭して。でも、忘れられないくらいに彼のことが好きだったらしい。恐らくはクリスマスも彼と過ごす予定だったんだろう。それがこんな形になってしまえば、そりゃあこうなる。
 僕と同じく様子を見守っていた棋院くんが口を開く。
「ねぇ、立川さん。普通でないことは、そんなにいけないことかな」
「いけないことだよ」
「どうして?」
「それはこっちの台詞。普通じゃないことがいけないことじゃないなら、どうして」

 どうして私は虐められたの?

 その言葉に、僕は何も返せない。棋院くんも、いや、ここにいるほとんどがその言葉に対する答えを持ち合わせていなかった。もしかしたら先生達ならば、答えるすべがあるかもしれない。僕は助けを求めるように視線を周りに移す。沈黙を切り裂いたのは中野先生だった。
「そうだよね、普通であればって思ってしまうよね。普通であれば、こんな目には合わないのにって」
 中野先生が優しく言う。立川さんの目線に合わせて、大人が子供をあやすように。
「でも、君が『普通じゃなかった』から僕たちは君に会えたわけだし、特殊である事を否定しないで。普通であることは素敵だけれど、特別なことはもっと素敵なものなんだ」
 中野先生の言葉に立川さんは何も返さない。ただポロポロと涙を流して、海野さんの服を強く掴んだ。

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