蓮子が出て行っちゃう! と叫んだ菜乃花に、僕はエントランスに向かう。途中で海野さんたちと合流してエントランスへついた。棋院くんや館長が止めているのが見える。東さんも海野さんも止めてくれ! と告げた棋院くんに僕は彼女を引き留めるために足を踏み出す。隣にいた海野さんは首を左右に振った。
「止めないよ」
「海野さん?!」
「行っておいでよ」
 そう海野さんは言う。立川さんの会派の連中が海野さんを睨み、立川さんは目を見開いた。
「行っておいでよ。私は止めないよ。立川さんの選択を尊重するよ」
「海野さん、何言ってるんだ! だめだよ、立川さん!」
 僕はそう言って彼女の手を引き留めようと手を伸ばす。しかし、それはどこからかやってきた按司くんによって遮られる。
「按司くん!」
「東さん、勝手にさせてやれよ」
 そういった按司くんは立川さんを見る。
「出て行きたいなら行けばいいし、逃げたいなら逃げればいい。道はここだけじゃないのか確かだが、それを絶っていいかどうかは俺には分からん。ただ、俺はお前を『逃げたな』とは思うだろうよ」
 按司くんは少し軽蔑を含んだ目で彼女を見た。
「そうやって、いつまでも目を背け続ければいいんじゃねぇか?」
「言いすぎちゃうん? 按司」
「知るかよ」
「どうしてとめないの! れんこ、どこかにいっちゃうよ!」
 菜乃花がそう言って海野さんと按司くんを見た。ねぇ! と僕の手を握った菜乃花に、僕は彼女を引き留めるための言葉を探す。でも、いくら探しても何も言えなかった。海野さんがゆっくりと菜乃花の頭を撫でた。ねぇ! ともう一度菜乃花が声を上げて泣きそうな表情を浮かべる。海野さんはそれを気にせず、ただ立川さんを見て緩やかに笑うと手を振った。
「いってらっしゃい、立川さん。ただ、私や菜乃花、東さんや館長、棋院や貴方の会派は待ってるよ」
 海野さんの言葉に按司くんはため息をついて口を開く。
「帰って来たくないなら振り返るな。過去は足枷でしかない。立ち止まることは許されない。ここはどうにかしてやるから、さっさといけ」
 そんな言葉に、そっと扉が開く音がする。そして、立川さんは出て行った。一瞬の静寂、のちにバタバタと彼女の会派が追いかけて行く。それを見た菜乃花がついに泣き出した。僕は小さな手をぎゅっと握る。騒動と関係ない、というように海野さんは按司くんを見下ろした。
「最近思っていたけれど、君って不器用だよね」
「知るか」
 海野さんの言葉を按司くんはそう切り捨てて棋院くんと僕を見る。
「棋院もそんな顔をするな。帰ってくるさ。アイツが普通でいられるのは異常が集まったここしかないからな。ここ以外は自分が特殊だと思い知るだけだ。それに帰ってくるだろ」
「何を根拠に?」
 眉間にシワを寄せた棋院くんに、按司くんは親指を海野さんに向けた。
「コイツが律儀にいってらっしゃいっつった。もう会えない相手に言葉を紡ぐなら『さようなら』だろ」
「おや、今日ではそんな意味になってしまったのですね」
 言葉の意味は変わる物ですけれど。そう夏目先生が告げた。高村先生が菜乃花をあやすために屈むと優しく声をかける。
「僕らは彼女を待つしかないよ。ほら、菜乃花、クリスマスの約束はきちんとしたんだ。きっと帰ってくるよ。大丈夫」
 ぽろぽろと涙を流し始めた菜乃花に、僕はそっと館長を見る。館長も頭をかいた。
「そうだなぁ、こればっかりは待つしかないさ。俺たちに出来ることは少ない」
 彼女には酷いことをしてしまったかもしれないな。
 そう館長は目をゆっくりと伏せた。

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