十
閉じられた扉を僕と菜乃花は見つめる。閉館時間になった図書館はクリスマスの装いが整えられ、エントランスはちょっとしたパーティー会場になりつつあった。
――僕らがあの子と腹を割りあって話すべきだと思うんだ。
そう告げたのは重治さんだ。連れ戻す、連れ戻さないという毎日起こっていた論争のなかで彼はまっすぐな目をしてそう告げた。
「僕らはもっとお互いを知るべきなんだと思う。お互いのことを知らないから、こうなったのかもしれないね。とりあえず、僕は僕らの司書――ううん、立川さんと話してくるよ」
そう言った彼に、僕は彼女の家を教えたのだけれど、無事にたどり着けたのだろうか。大丈夫かなぁ、と心配になる僕に菜乃花がぎゅっと手を握る。
「菜乃花も東さんも冷えますよ」
そうやって来たのは海野さんだ。コートにマフラーを着込んだ彼女を見るにもう彼女の帰宅時間なのだろう。彼女は扉を見て、息を吐いた。マフラーを外して菜乃花の首元に巻いた彼女は階段に腰掛ける。
「帰らなくていいのかい?」
「今日の夕飯、トマトサラダがあるんですよ」
そうポツリと呟いた彼女は頬杖をつく。トマト? と首をかしげる。
「私、どうしても生のアイツだけは許せなくって。夏野菜のくせに、冬に出てくる意味がわかりません。だから、帰りたくないんですよね」
そうぼやいた彼女は扉を見つめた。菜乃花がチラリと彼女を見る。海野さんは菜乃花を見下ろす。
「心配しなくても、帰ってくるよ、あの子は強いから」
「しってるもん。でも、遼と按司はおいだしたでしょ!」
「おいおい、お前は勘違いしてるぞ。俺は追い出してねぇ。見送っただけだ」
やれやれ、という風にいつのまにか海野さんの隣に並んだ按司くんは、これだから子供は、とタバコに火をつける。
「帰ってこなかったらそれだけの奴だって話だろ」
「按司の場合は見送った、じゃなくて、見捨てた、だよ。一応言っておくけど」
「僕もそう思うよ」
図書室へ通じる扉を開けて現れたのは棋院くんと徳田先生である。彼らもまた階段に腰かけたらしい。
「かえってこないかなぁ」
「帰ってこなきゃオダサクの金が無駄になるな」
「あぁ、彼女を引いたのは織田さんだったんですか。てっきり貴方かと」
「俺は、棋院だった」
バラしちゃうの、と思った矢先、棋院くんが「それは嘘だな?」と笑った。
「相変わらずわかりやすいんだよ、按司は。本当は見捨ててないんだけれど、見捨てたフリをしてる」
「余計なことを言わんでいい」
按司くんがタバコを携帯灰皿に押し付ける。海野さんが小さく「これがツンデレ」と呟いて按司くんが「ツンデレは徳田さんだろ」と告げた。徳田さんが眉間に皺を寄せて口を開く。
「なんでそうなるんだよ」
「そういう反応でそうなるんだよ」
徳田先生と按司くんの会話に、棋院くんはただただ笑うだけだが。
「司書? 帰ったんじゃなかったのか?」
奥からやって来たのは佐藤先生だ。僕らを見て、あぁ、立川を待っているのか、と納得したらしい。図書室の方、ではなく、司書達の部屋がある方から現れた彼に海野さんはなんとも言えない顔をする。
「仕事、まだしてたんですか」
「いいや? 話を書いてただけさ。あそこの机が丁度良いんだよ。アンタが気にすることじゃない」
佐藤先生は、僕らをもう一度見下ろした。
「アンタ達もここは冷えるだろう? 何か持ってくる」
佐藤先生はそう告げて奥に消える。僕も手伝おうか、と思ったけれど、海野さんに止められてしまった。
「私が行きますよ。東さんは菜乃花を湯たんぽにしておいてください」
そう言って海野さんは佐藤先生の後を追って駆けていく。徳田先生がそれを見てぼやいた。
「別に行かなくても、彼のことだし、ほっといても誰か連れてくるんじゃないかなぁ」
「堀先生とか?」
「オダサクとかな。ま、残業すんなって釘を刺しにいっただけだろ」
その後、棋院くんと按司くんの言葉通りに、海野さんと佐藤先生が温かい飲み物を持って二人を引き連れてくるのはそれからすぐのことで。みんなでその飲み物を飲み出した頃、エントランスにある大きな時計が九時を告げた。
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