十二
「今日は忘年会もかねて、盛大に騒ごうと思う。無礼講になるとは思うが、そこは勘弁してくれ。あなたたちと出会って、まだ一月と半分ほどだ。だから、この機会に色々と知ってほしい」
そんな言葉に僕は耳を傾ける。海野さんが帰った後、僕らは食堂で集まり、少しだけ騒いだ。僕が呼んできたから館長も慌てて駆けてきて、立川さんに少し怒ったけれど、その後は館長も加わり――騒ぎを聞きつけた文豪達も加わり――気づいたらほとんどがそこにいた。海野さんがいないのが残念だと僕がつぶやけば、彼女の会派は「大丈夫だ」と手を振っていたのも記憶に新しい。十二時の鐘が鳴るまで、たくさんのことを話したけれど、それでも時間は足りず――クリスマスのときでいいか、という話になったのだ。館長の言葉は、そこから来ているのだろう。館長、かたっくるしいぞ、とヤジが飛ぶ。館長はそれを聞いて笑った。
「まぁ、そうだな、堅苦しいのはよそう。プレゼントは各自、好きなタイミングで渡してくれ!」
館長がそう言ってグラスを掲げる。それにならい、僕らもグラスを掲げた。赤、琥珀色、様々な色のグラスが光を反射する。
「メリークリスマス!」
その言葉に、全員が「メリークリスマス」と答え、グラスが様々な場所でかち合う音がする。わぁわぁとより一層騒がしくなる会場で、僕の服が引っ張られた。振り向いてみると、上機嫌な立川さんが萩原先生と中野さんと手を組んで後ろにいた。
「東さん、めりーくりすます!」
「メリークリスマス・・・・・・立川さんもうできあがってるね」
僕の言葉に中野先生が苦笑いして肯定する。あまり羽目を外しちゃだめだよって止めたんだけど、と告げた中野先生に立川さんは「まだいける」と親指を立てた。
「独り身の東さんに、プレゼントー」
そんな言葉とともに、僕の視界は包装紙で埋まる。ゆっくりと触ってみれば、柔らかい物であるとわかった。なんだろうか? とワクワクしながら開ければ、中から現れたのはかわいらしい三毛猫のぬいぐるみだ。
「かわいい・・・・・・」
「まくらにもなるんですよ! かわいくないですか!」
「本当にふわふわだね」
「でしょう!」
上機嫌に立川さんはグラスを傾ける。
「中野先生達はもらいました?」
「うん、僕は猫から鈴をもらったよ」
ほら、といって見せた中野先生は鈴を鳴らす。チリン、と綺麗な音を立てた鈴は椿の花をかたどってあるのか、とてもかわいらしいモノだ。
「あの猫がどうやって手に入れたかを考えるだけで面白いよね。そういえば、萩原さんは何をもらったの?」
「僕は、新美くんに手袋」
そう言って萩原先生は両手を見せる。暖かそうな黄色い手袋には見覚えがあった。中野先生も同じらしい。
「それ、ゴンの手袋じゃないのかい?」
「おそろいなんだって。暖かいよ」
「いいなぁ、あったかそう」
立川さんはそう言って手袋を見る。彼女は何かもらったのだろうか。
「立川さんは何かもらったの?」
僕の質問に、立川さんはうなずいた。それはもう、嬉しそうに。
「もらった! もらいました! とってもすてきなもの!」
「司書、それは喜びすぎじゃないかな・・・・・・原稿用紙の束だし・・・・・・」
「原稿用紙? 何をもらったの?」
「詩!」
そういって、彼女は原稿用紙の束を僕に見せる。タイトルは特についていないけれど。
「萩原先生の、新しい詩! それだけじゃないの、会派みんなとか、高村先生とか、いろんな人の、新しい詩がのってるの! すっごく、すっごく嬉しい」
感極まれり、という風に立川さんが原稿用紙の束を抱きしめる。
「本当に詩が好きなんだなぁ」
僕のぼやきに、彼女は大きくうなずいた。
「うん、大好きなんです、昔から、ずっと、だから、本当にすごい嬉しい。だって、私しか持ってない詩集でしょう? しかも、大好きな詩人に書いてもらってるんだよ。特務司書になれて本当に良かった」
彼女の上機嫌な言葉に、僕は中野先生と萩原先生を見る。二人は目をパチパチと瞬いた。
「お前、おもってたより、薄情な奴だな! なあ、東! 俺たちとあえたことより、詩集を手に入れたことの方が嬉しいらしいぞ」
僕の後ろからやって来た田山先生と石川先生に、僕は苦笑いする。
「本当は金取るつもりだったんだけどなぁ。つぎからは金取るか。言い金づるになる気がする」
「それはちょっといただけないんじゃないかなぁ・・・・・・立川さん?」
急に黙り込んだ彼女をみんなで見下ろす。司書? と首をかしげた田山先生に、彼女は小さくつぶやいた。
「あのね、本当に嬉しいの」
「これは作家冥利に尽きるね。これがプロレタリア文学ならもっと嬉しかったんだけどなぁ」
「詩集のことじゃないの、ううん、詩集のことも確かに嬉しいけど、詩集が好きだって言っても、ううん、私が詩が好きだって認めてくれることが嬉しいの」
そう小さくつぶやいた彼女に、僕らはもう一度顔を見合わせた。
「好きだって言っても、否定されないことが嬉しいの。変わってるね、って言われないことが、嬉しいの」
「そんなことで変わってるなら、ここにいる全員変人だろ。というか、詩人敵に回してんのかって思うな」
石川先生がそう言ってお酒を飲む。
「そうそう、好きとか嫌いで普通とか普通じゃないとか判断するのがまずおかしい」
「花袋の美少女好きはちょっと変わってると思うけどね」
「美少女が好きでなにがわるい」
田山先生の言葉に、立川さんは肩を揺らす。聞こえてきたのは笑い声だ。
「なんだか、ここにいると私は普通だなっておもうなぁ、周りが濃すぎて」
――そう思わない? 東さん。
そう笑った彼女は、目元の涙を拭った。僕もひっそりと同意した。確かに、周りの人はいろいろな意味で濃い。だから、僕も彼女も『普通の人』に属する事になるのかもしれない。普通であることが良いことか悪いことかは、僕にはわからないけれど。普通という言葉が何を指すのかも。でも、好きなモノを好きだと主張することは普通のことだと僕は思うのだ。それが、どういうものであっても。
「好きなモノを好きというのは普通のことだと思うよ。嫌いなモノを嫌って言うように」
「でもね、立川さん、東さん、前も言ったけれどその普通というのがややこしい話で――」
「あー! ぼっさん! それ、俺様が狙ってた酒じゃねえか! 中野も食べたがってた料理なくなりそうだぞ!」
「ええ? それはこまるよ、立川さんも行こう」
石川先生と中野先生が人混みをかき分けていく。連れられていく立川さんは笑った。楽しそうに。それを見て、萩原先生がぽつりとつぶやく。口元に、少しの笑みを浮かべて。
「司書ってよく笑うんだね。知らなかったな・・・・・・」
萩原先生の言葉に僕が返答をする前に、彼は彼女を追いかけて人混みに紛れていく。僕はそれを見送って、ぬいぐるみを抱きながらグラスに口をつけた。この一連の騒動を、どう報告書にまとめようか考えながら。
クリスマスイブの話-終-(七七七六〇/五二五六〇〇)
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