――おかあさんは僕を許してくれるだろうか。カムパネルラはそう言って、窓の外の景色を見た。


 その手紙を見つけたのは、菜乃花が日課である手紙の仕分けを手伝ってくれている時だ。図書館員からの連絡や、文豪から司書宛、またはその逆、文豪同士など様々な手紙の中にそれはあった。「すずはら なのかさま」とご丁寧にひらがなで書かれた手紙である。しかし、つたないひらがなは子供が書いたようにも見えた。友達同士の手紙だろうかと思いながら、差出人を見るために裏返す。そこに書かれている文字はつたないひらがななんかではなく、美しい筆記体だ。……僕は筆記体は読めないんだよなぁ。立川さんなんかは綺麗に綴るし読めるみたいだけれど。とりあえず、菜乃花にお手紙がきてるよ、と渡す。菜乃花は目をパッと輝かせてその手紙を手に取った。
「ぱぱからの手紙!」
 そう嬉しそうに手紙をもった菜乃花は封筒を破ろうとして、やめたらしい。しばらく手紙を眺めて口を開く。
「ぱぱからの手紙?」
 首を傾げた菜乃花は、近くにいた堀先生と高村先生に近寄った。そばにあるテーブルでなにやら話し込んでいた二人のうち、菜乃花は高村先生に狙いを定めたらしい。菜乃花が彼の服をくいっと引っ張ると、彼は菜乃花を見下ろした。
「どうしたの?」
「菜乃花あてに、お手紙きたの」
「わぁ、よかったね!」
「よかったね、だれからだい?」
「よめないから、よんで!」
 そう言って菜乃花は高村先生に手紙を渡す。高村先生はそれを受け取ると差出人を見て、目を見開いた。
「フランスからだ」
「え、」
「Biblioth*que nationale de France。フランスの図書館からだよ」
 高村先生は堀先生と僕を見る。僕らはその手紙を覗き込むように見た。高村先生は近くにあったペーパーナイフを手にとって封を開ける。中からは数枚の便せんが現れた。筆記体で何かが書かれた手紙と日本語で綴られた手紙がある。そのうち、日本語で言葉が綴られた便せんを見て、堀先生が小さく悲鳴をあげた。僕もつられてその紙を見る。
 ――まばらになった文字。黒く淀みつつある紙。それは、見覚えがあるもので。
「え、どうして」
 僕のつぶやきに堀先生も困ったような顔をして見せた。高村先生は日本語の紙には目をくれず、筆記体に書かれた文字を目で追っている。しかし、途中で眉間にシワを深めた。
「荷風さんや森先生は出かけていたかな?」
「いえ? 談話室で館長と話していましたよ」
「何か書かれていたんですか?」
「大変なことが。でも、困ったことに自信がないんだ」
「高村さん、他の手紙、見てください」
 堀先生の言葉に、高村先生はようやく日本語で綴られた紙に目を向けた。そして、眉間にシワを寄せる。
「侵蝕されてるね」
「手紙が侵蝕されるなんて……どうなっているんでしょうか」
「……とりあえず、荷風さんたちにこれを見せて館長に話さないと」
「そうですね、指示を仰がないと」
 立ち上がった高村先生と堀先生に、僕も慌てて立ち上がる。手紙が侵蝕されている事に加えて、高村先生の表情を見るに大変なことが起こりそうだ。堀先生の言うとおり、館長に報告して指示を仰がないと行けない。最悪、猫に政府と連絡を取ってもらわないと。頭の中でこれからの段取りを考えて、二人と部屋を出ようとする。すると、菜乃花がまた高村先生の服を引っ張った。
「それ、なのかのだよ。だれからだった?」
 何かに期待したような目だ。高村先生は狼狽えたようだった。でも、すぐに何でもないような笑顔を浮かべた。
「――どうやら菜乃花に間違えて送ってしまったみたいなんだ。これは館長宛だったよ」
「だれから?」
「そとのくにの、司書さんから」
「ぱぱじゃなくて?」
 そう首を傾げた菜乃花に、高村先生は「違うよ」と首を左右に振った。その時丁度、部屋の扉が開く。
「ただいま!」
 駆け込んできたのは宮沢先生と新美先生だ。立川さんの会派による潜書の手伝いが終わったんだろう。
「あぁ、賢治さん、いいところに。僕らは少し館長と話さないといけないことがあってね、菜乃花と遊んでもらえるかな?」
「何かあったの?」
「ちょっと、いろいろとね」
「ふぅん……わかったよ! 菜乃花、今日のお絵かきは終わった?」
 菜乃花に声をかけた宮沢先生に、菜乃花が「まだだよ」と首を振る。じゃあ、お絵かきしよう! と笑った宮沢先生に、新美先生が僕らを見た。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
 そう告げた新美先生に僕は首を傾げる。色とりどりのクレヨンを取り出した菜乃花と宮沢先生に、新美先生は棚から真っ白な紙を取り出した。

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