三
「君たちに頼みがある」
それから少しの時間がたった。具体的には六十分。約一時間ぐらい。館長は四人の司書を集めるとそう告げた。四人の司書達は顔を見合わせて館長を見る。それは、館長がいつもにもまして深刻そうな顔からだろう。館長は四人に例の手紙を見せる。
「これは本の切れ端ですか?」
そう尋ねた海野さんに、誰かの生原稿かな? と首を傾げたのは立川さんだ。それをつまみ上げた按司くんは「誰の原稿でもねぇな。素人の誰かからの手紙だ」と言う。そして、自分で言った言葉に違和感を抱いたのだろう。
「まて、手紙が侵蝕されてるんだ? これ、つい数ヶ月前に何で文豪でも何でもない奴に書かれたモンだぞ」
そう、そこが問題である。現段階で侵蝕が確認されているのは特定の時代、しかも、文豪と呼ばれる作家の作品である。現在、手紙という媒体はまだ侵蝕はされてないし、そもそもその手紙の筆者は菜乃花の父親である。今ある定義では侵蝕されるはずがないのだ。
「それは、俺の弟が寄越した手紙でな」
「ということは、菜乃花のお父さんですか?」
棋院くんの言葉に館長が「あぁ」と頷いた。
「君たちへの頼みは『この手紙を浄化すること』だ。勿論、頼みであって命令じゃない。まず、業務を優先させて欲しい」
館長の言葉に、棋院くんが首を振った。
「いえ、そちらを優先させましょう」
「しかし、」
「俺は今日のノルマは終わらせましたから。海野さんは?」
「終わりました。あとは書類だけです」
「面白そうだから俺も混ぜろ。立川はどうだ?」
按司くんの言葉に立川さんが目をそらす。
「あー、私、まだ菜乃花の分が終わってない……」
「本に潜れるのは四人ですし、蓮子はそちらを優先しては。何かあった際の最後の砦にもなりますし」
「不測の事態だから、それがいいね。立川さん、最後の砦は頼むよ」
「うん、何かあったら言って。多少は力になれると思うから」
そう力強くうなずいた彼女は、数ヶ月前とは見違えるようだ。五人の言葉に館長は「ありがとう」と小さな声で告げる。そうして侵蝕されている手紙の内の一枚を手に取ると棋院くんに差し出した。按司くんがテーブルに置かれたもう一枚の手紙に気づいたようで神をじっとみる。
「館長、もう一枚はどうするつもりだ?」
按司くんはそう尋ねると館長の机に置かれた封筒を指差した。館長はそれを見て、目を伏せる。
「先にそちらを優先して欲しい。俺宛なんだ。あの子への手紙を浄化するかどうかは少し考えさせてくれ」
「ふぅん」
その手紙をジッと見た按司くんは、何も言わずに少し口角をあげる。棋院くんがソレを咎めるように按司くんの名前を呼んだ。按司くんはやれやれという風に肩をすくめる。失礼します、と部屋を出た四人を見送っていると、館長が口を開いた。
「東くんも、すまないが四人と文豪達ををサポートしてやってくれ」
「わかりました」
「オレは少し出るとするよ」
そう鞄に筆記用具なんかを詰め始めた館長になんとも言えずに眉尻を下げる。館長は僕の視線に気づいたのか、「大丈夫さ」といつものように笑ってみせた。
「俺は、大丈夫だから」
言い聞かせるようなその言葉に、僕は無理をしないようにだけ告げて僕も部屋を出た。それが僕の出来る精一杯のことだった。
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