五
偶然という物は、時に重なるものである。しかし、重なったそれはもう運命ともいえるだろう。今回もそうだ。『偶々』新美南吉が出向いた場所に誰もいなくて、『偶々』話題になっていた手紙が一枚、館長の部屋に落ちていたのだ。新美が忍び込んだ館長の部屋はがらんとしていた。館長は出かけてるらしい。それに加えて、司書や文豪が神妙な顔をして何処かに向かうのも見えた。恐らくは、また自分たちは蚊帳の外になるのだろうと新美は思う。子供の姿をしているからか、菜乃花と遊んでいるからかわからない。とりあえず、何かに向かった文豪達を見る限り、今回の件は自分たちは巻き込まれることなく事態は収束しそうだ。
「大人はたいへんだねぇ、ゴン」
新美はごんにそうつげて、その手紙を拾う。『偶々』部屋の外は誰もいない。こっそりとその場を後にして、新美は二人が待つ『秘密基地』へ駆けだした。
その部屋は、図書館の随分と奥まったところにある。本棚と本棚、子供や背丈の小さい人しか入れないそこはまさに三人の『秘密基地』だった。廊下に現れた新美に、宮沢はこっちこっち、とその小さな出入り口から顔を出して新美を呼んだ。新美は滑り込むようにその小さな出入り口に滑り込むと、周りから見えないように奥に入った。少し開けたその空間は小さなランプで照らされ、三人の好きなモノや大切なモノが散乱している。まさに、秘密基地だ。
「外で、なにかあったみたい。大人達はみんな何処かに向かってたよ」
「僕達もみたよ。でも、何が起こったのかみんな教えてくれなかった」
そう不満そうにした宮沢に、菜乃花はそわそわとしたように新美を見る。
「南ちゃん、おてがみは?」
菜乃花の言葉に、新美は手紙を取り出す。「なのかさま」と書かれた手紙――正真正銘の菜乃花宛ての手紙だ。新美はそれを菜乃花に手渡した。
「パパの字!」
嬉しそうに菜乃花が手紙を開くのと、横から二人がのぞき込むの、その手紙が青い光を放つのは同時だった。
青い光。その意味が示すことが何なのかを文豪達は知る。自分たちの周りに散らばるように浮かび上がった文字、その文字に反応するように青い光が強くなった。咄嗟に宮沢は菜乃花の手を掴み、新美もまた同じように菜乃花の手を握った。あまりのまぶしさに三人は目をぎゅっとつむった。強い光を見たときのように、光が目に焼き付いたようで、三人はぎゅっと目をつむったままだ。でも、違和感がする。足下の感覚だ。先ほどまでフローリングに座っていたというのに、まるで草原に座っているような。そして、聞こえてくるのは風が広い場所をふきぬけるようなひゅうという音だ。しばらくして、新美と宮沢はそっと目を開けた。
――そこは、好きなモノに囲まれたあの狭い秘密基地じゃない。
そこはどう見ても屋外だった。広い草原である。それも、夜の。晴れ渡った空には美しい満月が二人を見下ろすようにいて、その周りにはたくさんの星が散らばっている。満天の星とは、こういうことだろう。
「わぁ!」
聞こえてきた喜びの声に、二人はそちらを見た。
――本当なら、あるはずがない。なぜなら、館長から『司書』――『文豪以外の人間』がその世界にくることはないと聞いていた。しかし、実際には宮沢賢治が掴んだ手。新美南吉がつないだ手。その先に、興奮を隠せないように目をキラキラと輝かせた菜乃花がいた。
「ぱぱ、魔法使いだったのかも!」
そう飛びはねた菜乃花に二人は顔を見合わせる。
「――ねぇ、南吉、これって潜書だよね」
「たぶん、そうと思うよ。だって、本が武器になってるから」
新美の言葉通り、二人の手には銃が握られていた。そっと菜乃花の手を離して首をかしげる。菜乃花は感心したように、楽しそうに周りを見回した。二人は首をかしげる。
「どうして菜乃花がこの世界に来れたんだろう?」
「わかんない、こんなことってあるのかな」
そんな会話をよそに、菜乃花は草原に駆けだし――こけた。ソレを見て、慌てて宮沢と新美が追いかける。
どうやったらこの本の世界――というよりも、『手紙』の世界から現実にいけるのか見当もつかない。いつもならば、一定数の侵蝕者を倒せば帰れるし、司書が呼び戻すことも出来る。が、見習いとはいえ、司書はここにいるわけで。館長も留守であるし、司書達も何かしているからソレが終わるまで気づかないだろう。いや、堀や高村が気づく可能性もある。しかし、三人が直前までいたのは大人に見つかりっこない秘密基地だ。
起き上がって、またかけだした菜乃花に宮沢はまた菜乃花の手を掴んだ。それでもなお楽しそうに駆けていこうとする菜乃花に、新美が反対側の手をつなぐ。
「菜乃花、迷子になっちゃうよ」
「ひろいね! すごい! 菜乃花、こんな場所、はじめてきた!」
「そうだね」
――その音は、遠くから聞こえた。聞こえたのは紛れもなく汽笛の音だ。
「おっきい音!」
「汽笛? でも、線路はないよ」
「でも、滑車が回る音と蒸気が吹き上がる音もするね」
「ライト!」
そう菜乃花は空を見上げてそう告げた。ライト? と二人がそちらを見ると、確かにそれはライトであり、段々と近づいてくるのがわかる。
心臓に響くような大きな音が近づいて来て、大きな大きな汽笛が静かな草原に鳴り響く。空から姿を現したソレはまさしく『汽車』だった。そして、三人の内の一人はそれが何かわかっている。それは本来、彼の書いた物語に登場するモノだからである。
「銀河鉄道?」
大きな汽車は緩やかにスピードを落とし、三人の目の前に止まる。窓から漏れる光は暖かい。誰かが扉の鍵を開けたのか、がしゃん、という音がして扉が開く。中から現れたのは車掌服を着た男だ。服装は違うが、三人はその姿には見覚えがある。他の会派ではあるけれど、なんやかんやとよく遊んでくれる人物であるからだ。
「うん? ここの客はお前たちか?」
「こんばんは!」
元気よく挨拶した菜乃花に「こんばんは」とその人物は帽子を取って挨拶をする。
「元気が良いな」
「さとーせんせは、社長さんごっこ?」
「砂糖せんせ? よくわからないが、俺は『社長』じゃなくて『車掌』だ。お前達、切符は?」
そう三人に尋ねた車掌服を着た佐藤――どうやら車掌らしい――に、宮沢は首を左右に振った。
「持ってません」
「じゃあ、乗せられないな」
「えー!」
「えー、じゃない」
「車掌さん、どうしたん?」
またもや現れたのは整備士の服を着た織田作之助である。彼は三人を見下ろして首をかしげた。車掌はやれやれと息を吐く。
「子供が待ってたんだが」
「切符持ってへんのかぁ。乗せてあげたら? 折角やし」
「俺の給料じゃなくてお前の給料から引かれるなら俺は良いぞ」
「堪忍なぁ、お嬢ちゃん達、切符持ってへんと乗せれへんねん」
車掌の言葉にするりと手のひらを返した整備士は「ま、停車時間はまだあるし、もうちょっとここにいたら?」とだけ提案した。「ああ、それならいいだろう」と了承した車掌に、菜乃花は大きくうなずいて新美と汽車の大きな車輪を見たり、触ってみたりしている。ちょこまかと移動するのが微笑ましいのか、二人はソレを見て「げんきだなぁ」とつぶやいた。また奥から人がやって来て、整備士に声をかける。
「整備士さん、そちらはどうだい?」
「ああ、機関士さん。いやぁ、困ったもんやで。アイツラがちょっと悪戯するだけでこっちとしてはてんやわんやや」
肩をすくめた整備士に機関士――中野重治に似たその人は眉尻を下げて「それは困ったね」と告げた。車掌が口を開く。
「しっかし、なんなんだろうな、あの変な生き物。汽車を追いかけるように来るときた」
「しかも、停車する駅ぜんぶあかんくなるしな」
「変な生き物?」
その言葉にひっかかり、宮沢はそう尋ねる。そこで機関士が宮沢に気づいたらしい。宮沢と、外で汽車を眺める二人を見て、首をかしげた。
「子供が三人。お客さんかい?」
「いいや、切符を持っていないから、見せてるだけだ」
「そう……もしかして、変な生き物を知っているのかな?」
機関士の言葉に、宮沢は「しってるかもしれません」と答える。そして、また疑問を口にした。
「それは、どんな生き物ですか?」
「言い表すのは難しいね。なんとも言えないよ。羊みたいだったり、瓶のようないきものだったり」
「あと、帽子をかぶったヒトみたいなのもおったで」
「この列車を追いかけてくるから困ったものでね。汽車に悪さもするモノだから、僕らも今てんやわんやしてるんだよ。今まで見たことがないものだしね」
「それ、もしかして――」
宮沢が言葉を紡ごうとしたとき、一際大きな汽笛が響いた。奥から腹立たしげに足音を立てて、駆けてきた運転士は徳田秋声の姿だ。
「もう! 何やってるのさ!」
「何ってなんやろ? 仕事終わりの一服?」
「腹立つなぁ、その言い方! ちょっと、車掌は連絡がとれないと思ったらこんなとこにいたわけ!」
「乗客っぽいのがいたからこっちに来たんだよ」
「運転士さん、何かあったのかい?」
「今すぐ出発!」
「――またか」
車掌の言葉に、他の三人が眉間に皺を寄せた。
「そうだよ、まただ! アイツらがまた現れたんだ!」
運転士がそう言って外を指さした。綺麗な草原が墨で塗りつぶされたように黒く変わりつつある。その先には何もない。本当に、何もない。ただ、吸い込まれるような闇がそこにあった。その闇から、何かが姿を現す。
「侵蝕者……菜乃花と南吉が危ない!」
宮沢は二人のもとに駆けだした。車掌は運転士を見た。同じように、整備士も機関士も彼を見る。
「おい、どうする!」
「どうするって……まさか、その子達客じゃないのかい?」
「そのまさかや」
「切符のない乗客は乗せられない規約だけど――」
「でも、此処に残したら、」
「運転士さん! 乗客はみんな乗り込みました!」
堀辰雄の姿をした乗務員がそう叫ぶ。そして、子供を見て目を瞬いた。
「早く乗せてあげないと、大変なことになっちゃいますよ! なにしてるんですか!」
「切符がないねん」
「そんなこと行ってる場合じゃないでしょう!」
運転士はソレを聞いて、ああ、もう! とやけくそになったように叫ぶ。
「全員で始末書、給料から子供三人の乗車賃分天引きするからね!」
「よしきた! さすが運転士やで! 準備してくるわ!」
「僕も行くよ!」
「急ぐよ!」
汽車の中に消えた三人に、車掌が宮沢達に早く乗り込め! とせかす。銃を構えようとしていた二人はその言葉に顔を見合わせる。
「乗車賃はなんとかなる! はやく!」
車掌の言葉に二人はうなずいて菜乃花の手を引き汽車に向かって駆けだした。
大きな汽笛がなる。少し高い乗車口にまず新美がのりこみ、宮沢が乗り込んだ。そして菜乃花が車掌に抱き上げられて乗り込むと、乗務員が慌ただしくその扉を閉じた。
「乗務員、子供は頼む」
「わかりました!」
乗務員の言葉に車掌は菜乃花を降ろすと車掌室に入った。そして、寸分もしないうちに汽車の中に車掌の声が響く。
「――お待たせいたしました。すこしばかり早い出発ですが、『南十字座』行き銀河鉄道、発車いたします」
もう一度大きな汽笛が鳴って、その汽車は動き出した。
39
prev|INDEX|next