無事に動き出した鉄道に乗務員がほっとしたように息を吐いた。しばらくは緊張感が漂っていたが、もうあの場所から離れたことで緩和したのだろう。車掌が部屋から顔を出して、何かメモを見ながら告げる。
「これから先はずっと二等車の第三ボックス席が空いてる。そこで良いだろう」
「わかりました、案内してきます」
「ああ、頼む。ちょっとした汽車の旅を楽しめばいい」
 手を振った車掌に、三人はうなずいた。車掌はまた車掌室に入ると仕事を始める。乗務員が「行こうか」と三人を手招いた。

 どうやらこの汽車は思ったより多くの人が乗っているらしい。ちらほらといる人が文豪なのは他の本に潜書したときと同じだろう。良い香りがする食堂車には小林多喜二と志賀直哉がコックとしていたし、給仕として武者小路実篤もいる。食事を取っている乗客もみな文豪だ。「子供三人で乗車ですか、偉いですね」と夏目漱石に似た乗客はチョコレートをくれる。キラキラとした包装紙に包まれたチョコレートは宮沢の鞄にしまわれた。
「ここです」
 乗務員と三人が行き着いた車両には、二等車と書いたプレートが掲げてあった。此処が君たちの席だよ、と告げた乗務員に促されるまま三人はその席に座る。木製の椅子は何処か古めかしい雰囲気を残している反面、新品のように綺麗だった。
 窓の外は美しい景色が広がっている。まるで、宝石箱のようなキラキラとした輝きの中をこの汽車は進んでいるらしい。三人は窓の外を食い入るように眺めた。
「綺麗だね」
「うん」
「『銀河鉄道』だから賢ちゃんのお話の中かな?」
「うーん、それは違うと思う。なんとなく、だけど」
 新美の言葉に宮沢は首を左右にふった。似ているが、少し違う。行き先は同じかもしれないが、宮沢賢治の書いた世界観とは少し世界観がずれている。
「菜乃花はどう思う?」
「わかんない! でも、ワクワクするね!」
 そう満足げに外を眺めた菜乃花に、二人は顔を見合わせた。
 確かに、ワクワクするのは事実である。しばらく三人で話しながら外を見ていると、窓にひとりの男性が映り込んだ。驚いたように動きを止めた彼に、三人は振り返る。菜乃花は大きく目を見開いて男性を見て、そして男性もまた菜乃花をみた。
「パパ!」
「菜乃花!」
 勢いよく男性にぎゅっと抱きついた菜乃花に二人は顔を見合わせる。

 ――これは、宮沢賢治の本じゃない。

 そんなもの、最初から考えてみればあたりまえだ。なぜなら、ここに来たのは本に潜書したからじゃない。だれかから菜乃花に宛てた『手紙』の中に、入ってしまったからだ。
 男は菜乃花から少し体を離すと嬉しそうに顔を綻ばせて口を開く。
「どうして、菜乃花がここに。切符を持っていないだろう?」
「うん」
「無賃乗車はいけないね。車掌さんに怒られてしまうよ」
「ええっと、違うんです。車掌さん達が助けてくれたんです」
 そう告げた宮沢に男性は宮沢と新美を見た。そこで初めて男性の顔がよくよくわかった。館長に似ているけれど、どこか彼より線が細い。髪型だって違う。なにより、口元は菜乃花にソックリだった。
「そうだったのか。君たちは?」
「賢ちゃんと、南ちゃん! 菜乃花のお友達!」
「けんちゃんとなんちゃん?」
「ええっと、僕は宮沢賢治。こっちは新美南吉です」
 名乗った宮沢に、男性は目を見開いた。
「――エクリヴァン?」
「えくり?」
「ああっと……君たちは『文豪』かい?」
「おじさん、知っているの?」
 新美がそう首をかしげる。男性はああ、とうなずいた。
「俺の兄弟がそういうことをする、と前に告げていたが……そうか、うまくいっているのか」
「貴方は、やっぱり、館長さんの」
「館長が兄弟を差すのならそうだ。俺はこの子の父親だよ」

41


prevINDEXnext