八
「おい、海野。お前の錬金術、一応『時空間定理』ってことになってたよな?」
普段あまり見せることがない真面目な顔で入ってきた按司くんに、僕は海野さんをみる。時空間定理、とは。名前を聞く限りすごい錬金術ではないんだろうか。
「……そうですね、一応は」
そう頷いた彼女に、按司くんは一枚の紙を差し出した。
「繋げろ」
「は?」
「秘密基地にコレだけが落ちてたが、三人がいない。この図書館中、俺が全力で探しても、な。おまけにこの青い光」
その意味がわかるだろう。
按司くんの言葉に何か察したらしい海野さんは立ち上がる。僕らは何もわからず二人を見るだけだ。按司くんの持つ手紙は確かにかすかに青く光っている。それは、まさに僕らの目の前にある手紙と同じように。まさか、と僕は按司くんを見た。その瞬間、高村先生が駆け込んできて口を開く。
「――菜乃花が潜書してしまったみたいなんだ!」
――それは間違いなく、大事である。
「なんだって? 俺たちは潜書できないはずでしょう?」
棋院くんの言葉はもっともだ。『通常』、司書は選書できないのである。海野さんは僕を見る。
「菜乃花の年は?」
「五歳だけど……」
「七つまでは、何があってもおかしくはありません。わかりました、尽力致しましょう。ただ、繋げれたとして、入れるのは良くて二人、悪くて一人です」
どうしてか納得した海野さんはそう告げる。繋げる、ということは。
「え、潜書している先に繋げられるの?」
「試したことはありませんので、恐らくは、としか言えませんが。確かに私の力はそう言ったモノです」
「そうだったのか。……潜書の人数は理由があるのかい?」
棋院くんの言葉に按司くんが返答をする。
「潜書の人数だ、そこまでは安全が保証できるが、それ以上は保証はない、だろ?」
「ええ。……行く道、は、確保しましょう」
私の司書室に、と海野さんは歩き出す。僕らが手紙を持ってついていけば、海野さんは自分の司書室に入った。片づいたその部屋には彼女の会派である若山先生と菊池先生がいる。若山先生がはんこ、菊池先生がペンを走らせているのを見ると何か書類仕事をしていたらしい。いきなり入ってきた海野さんや僕達に二人は目を瞬いた。
「遼? なにかあったのか?」
「少しやっかいなことが」
「手伝ったほうがいいなら手伝うぞ」
「いえ、この扉を使うだけです」
そう言った海野さんは壁に作られた扉に近寄る。その扉を僕は知っている。何故なら彼女の司書室にだけに後から取り付けたものだからだ。そして、その先には何もない。ただ、壁があるだけだ。
「手紙、貸してください」
按司くんは彼女に手紙を渡す。彼女はその手紙を扉に当てると目をつむった。そうして口ずさむように何かを告げる。
「繋ぎませませ、道祖の神よ、那由多の先とは言わずとも、かの世界に繋ぎませ」
カチリ、カチリ、と何処かでダイヤルが回るような音がする。よくよく見れば、上に掲げられたプレートが回っているらしい。無地のプレートが小道と書かれたプレートに、そしてそれは桜木下、玄関口と変わっていく。そして、最後には銀河鉄道の表示で止まった。カチャリ、と扉の鍵が開く音がし他ところで海野さんは手を離す。彼女が扉を数回ノックすると「はい?」と返事が聞こえた。聞こえてきた声は――。
「佐藤がいるのか?」
そう尋ねたのは彼女の司書室にいる若山先生だ。僕らは彼女を見る。彼女は少し難しい顔をした。
「おい、違う場所に繋がってんじゃないだろうな」
按司くんの言葉に、彼女は手元の手紙を確認すると意を決したように扉を開いた。
「失礼いたします」
中にいた人物――車掌服をきた佐藤先生は目を瞬いて、心底驚いたという風にこちらを見る。
「どうして人の部屋に繋がってるんだ……?」
「たまに居ませんか? ダイレクト乗車」
肩をすくめて見せた彼女に彼は「話は聞いたことがあるが……」とつぶやくように告げる。……聞いたことはある、ということは彼女と同じ事が出来る人がいるらしい。
「おもしれぇ、アンタが乗るのか?」
彼は彼女を見て笑った。海野さんは「いえ」と首を振る。
「後、何人乗れますか?」
「そうだな……さっき、切符がない子どもを三人乗せたから……あと一人ってところだな」
「子供?」
「ああ、帽子をかぶった子供と狐のぬいぐるみを持った子供、あとその二人に手を引かれてた子供だな」
その言葉に僕は目を見開く。間違いなく、菜乃花達だろう。ならば、やはり菜乃花はこの手紙の中に潜書してしまったらしい。
「ならば、一人、乗せてください」
「でも切符がないんだろう?」
車掌の言葉にに、彼女は少し考える。
「物々交換と行きましょう」
「よし、その話、乗った」
「なんか案外あっさりだな」
按司くんが代表するようにそう告げた。僕も渋るかと思ったけれど。
「アンタ達は知らないか。ま、当然だな。こういう乗車の仕方をする奴は良いものを持ってる」
「高く売れるの?」
「売るなんてなんて勿体ないことか」
立川さんの言葉にそう笑った彼は、彼女を見た。売るのがもったいないもの、といわれてもピンとこない。……海野さんの刀とかだろうか。
「さて、何を貰うか」
「酒はどうだ?」
「酒は要らない。って、おい、駅長、なんでお前がそっちにいるんだ。仕事は」
「おっと……とばっちりだな」
「経理もいるのか。全く、どいつもこいつも……っておい待て、お前らの知り合いにこんなお嬢さんがいるとは聞いてないぞ」
「車掌さん、世界には似たような人がいるモノです。恐らく、貴方が知る彼らとここにいる彼らは別人でしょう。それに、この扉が繋がってる時間は長くはありません」
「そんなものか? ……ううん、なら、アンタの付けてるそのタイが欲しい」
車掌さんはそう言って海野さんの付けていたネクタイを指差した。政府から配布されたものであるし、高価でも売るのがもったいないモノでもないけれど。
「構いません。どうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
そう彼は彼女からネクタイを外す。上機嫌にそれを見た車掌は、胸ポケットにそれを入れる。そして、僕らを見た。
「で、誰が乗る?」
「僕が乗るよ」
高村先生はそう言って車掌を見た。車掌は「別の運転士のそっくりまでいるのか」とぼやく。そして、はっとしたように口を開いた。
「これは南十字座行きだが、行き先は?」
車掌さんの言葉に、海野さんは少し考えるように腕を組む。代わりに答えたのは、棋院くんだった。
「『南十字座』のその先へ」
「残念ながら、この汽車はその先にはいかない。一応は南十字座で折り返して元の場所へ戻る予定だ」
「じゃあ、その三人の子どもが乗った場所」
「その場所なら消えた。あるのは『無』だけだ。お前たちにはおススメできない。かといって、南十字座もな」
海野さんがまた身につけていたマントを外し、彼に差し出す。彼は首を左右に振った。
「乗車賃は貰ったぞ。これは貰いすぎだ」
「桜木下まで。四人分の乗車賃、足りるでしょう?」
「俺は車掌だ、行き先は決められない。……が、仕方ない。運転士に話は通してみよう。無理なら南十字座の手前で下車させることになるが」
「ありがとうございます」
頭を下げた僕らに車掌は困ったように笑った。そして時計を見ると口を開いた。
「さぁ、乗った乗った。もうじき次の駅に着く」
その言葉に高村先生が扉を潜った。その瞬間、本が武器へと変わる。菊池先生がソレを見て「本の中か?」と尋ねた。と、いうことは潜書をすれば本が武器に変わるらしい。海野さんは「ええ」とその言葉に肯定すると、高村先生を見た。
「恐らく何処かで潜書完了扱いになるでしょう。ならなければ桜木下まで来てください」
「わかった」
「では、車掌さん、お願いします」
棋院くんの言葉に車掌はひらりと手を振って、ゆっくりと扉を閉めた。ガチャン! と大きな音がして、プレートははまた真っ白――無地のモノに変わった。
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