その中は、病院であることがわかる。強く侵蝕がすすんでいるそこは、ほとんどが消えかけていた。患者も看護しも医者も、『人』も誰ひとりいない。ただ、侵蝕者だけが姿を現しては四人に倒されていた。
「でも、どうして菜乃花のお父さんの手紙が侵蝕されてるんでしょうか」
 堀の言葉に、徳田が少し考える。
「菜乃花の父親も錬金術師だから、何かあるんじゃない?」
「何か?」
「ほら、司書達ってみんな手帳を持ってるじゃないか。研究内容を記録してるみたいだけど……」
 徳田の言葉に、あぁ、と佐藤と織田が納得する。
「按司のは何書いてるかわからへんけど、確かに持ってるなぁ」
「遼も持ってるな、中身を見たことはないが」
「棋院に聞いたんだけど、記録取ってるらしいよ」
「なんだ、日記じゃないのか」
「小説やったら講評したろっておもってたのに」
 そんなことをいいながら崩れ落ちかけた階段を上る。先程から湧いてくるように現れる侵蝕者は段々と強くなっていた。冗談を言えるのも今のうちだろう。
 このかなり侵蝕された世界で進むべき世界はわかりやすい。それは、侵蝕されている場所を避けるだけだからだ。分かれ道では他の道は崩れ落ち、正解である道がただ一本道のようになっていてそこを進むのである。
 辛うじて進むことのできる道は、ただまっすぐに一部屋の病室に繋がっていた。恐らく、その先は行き止まりだろう。そして、その行き止まりが原因となるモノが居座る場所になっている。
 病室に近づくにつれて息の詰まるような負の感覚に四人は顔をしかめた。病室の奥から聞こえてきた小さな声は男の声だ。あぁじゃない、こうじゃない、ああなるべきじゃなかった、どこでまちがえた、狂ったように繰り返される言葉は脈絡がない。病室の中でただ一つ、カーテンが閉まった窓際のベット。そこから聞こえるその声に、四人はうなずくと近づいた。
「ちょっと失礼すんで、オニィサン」
 織田がそう言って勢いよくカーテンを開ける。ソレと同時に、その先にいた人物が顔を上げた。

 ――その姿には、見覚えがあった。

 なぜなら、形式的には自分の上司に当たる人物――館長と呼ぶ人物に似ているし、口元なんかは図書館をちょこまかと忙しなく駆け回っている子供に似ているからだ。でも、四人を困惑させる理由はそれだけではない。
「ちょっと待ってや、オニィサン、どっちなん?」
 その人物のどこか虚ろな目には、真っ黄色な炎のような色が宿っていた。それは自分たちのような存在が宿せるものではないし、人間もまたしかりだ。そして、何よりも――その人物から強く感じるのは負の感情だけである。
「俺がどっちか、そんなことはどうだっていい。どうしてだ、どうして、」
 うわごとのようにそう告げた人物は片手で顔を覆う。メラメラと炎がそのたびに舞い上がる。
「……もしかして、菜乃花のお父さん、ですか」
 伺うように告げた堀に、その人物は虚ろな瞳で堀を見る。
「菜乃花、俺の娘の名前だ、日本においてきた、娘の名前だ、」
 その瞬間、炎が消えた。男も正気に戻ったようで、堀をしっかりと見た。
「やっぱり、そうだったんですね、貴方に何があったんですか?」
「俺はフランスに行った、妻を追って。そして死んだ」
 ぽつり、とつぶやいた言葉にまた炎が舞い上がる。
「娘、娘、アノ女にそっくりの娘、あの女さえいなければ、俺はこんな目にあっていないのに。どうしてだ、どうしてこうなったんだ。ああ、にくい、すがるように見上げた娘も、俺をもてあそんだあの女も」
「え?」
 男がポツリと呟いた言葉に、堀は目を見開いて、他は眉間にシワを寄せた。
「あの子がママは何処、ママは何処と泣くから、おれは、あぁ、あの耳障りな声が聞こえる、娘さえいなければ俺はこんなことになっていない。もっとはやくに、踏ん切りを、そもそもアノ女さえいなければ、おれは、兄弟と、」
 またブツブツと言葉が羅列される。四人のことは眼中には内のだろう。男から言葉がこぼれるたびに、周りの侵蝕が進むのがわかる。
「娘が出来たことが、過ちだった。あの子さえ、いなければ、あの女さえ、いなければ」
 男の皮膚が、洋墨で塗りつぶされるように、真っ黒に染まった。それは、まるで侵蝕者のように。そして、同時に、窓の外からあの瓶のような侵蝕者が現れる。武器を構えた四人に、男は叫ぶように口を開いた。
「あぁ、全てが怨めしい! あの女が! アノ女に似た娘も!」

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