その男はニコニコと優しく笑って菜乃花の話の相槌をうっている。その姿は館長と呼んでいる男性が、菜乃花の話を聞いている姿ととてもよく似ていた。少し違うのは、館長と呼ぶ男性よりも男の方が少し線が細く、また、菜乃花の脈絡のない話もいつもより終わりそうにないことだろうか。パパ、パパ、と菜乃花が言うため、その男が菜乃花の父親であることは察することができる。
 しかし、どうして手紙の中にいるのかは宮沢賢治にはさっぱりだった。そもそも、こんな世界が広がっているのは本の中だけで、手紙に広がっているなんて聞いたことがなかったし、それに銀河鉄道に乗っていると言うことは――。。
「二等車はこちらです」
「あぁ、ありがとう」
 聞こえてきた声に宮沢は通路沿いにそちらを見る。奥からやって来た乗務員と青年は見覚えがあったけれど、それが同じ人かどうかはわからない。ただ、よく知った顔をしたその青年は宮沢を見て目を見開いた。
「賢治さん!」
「光さん!」
「知り合いですか?」
「はい、」
 乗務員の問いかけに、青年――高村光太郎は頷くと駆け足で真っ直ぐに宮沢のもとにやってきた。そして、座席に座る一際幼い子供を見つけると口を開く。
「菜乃花!」
「高村せんせ!」
「ダメじゃないか、勝手にこんなことしちゃ!」
 そう叱るように寄せて告げた高村に、菜乃花は頬を膨らませた。
「しらないもん、勝手になったの! パパのまほう! 菜乃花のせいじゃないもん!」
「でも、手紙を勝手に持ち出しただろう!」
「菜乃花あてのおてがみだもん! 高村せんせが、うそついたんでしょ!」
「それは、」
 そこで言い淀んだ高村に、怒っている菜乃花はムッとしたまま高村を見る。それを見ていた男が苦笑いした。
「こら、菜乃花」
「だって、パパ」
「パパ?」
 そこでようやく高村は男を見る。男は苦笑いして、娘が申し訳ない、と謝った。高村は「いえ」と、首を横に振ると彼に向かって言葉を投げかける。
「貴方が菜乃花の父親ですか?」
「あぁ、そうだ」
「……今から南十字座へ?」
「……あぁ」
 そう目を伏せた男に、宮沢は男を見て動きを止めた。推測はしていた。その可能性はあると。でも、あるかもしれないと思っていただけで、実際そうだとは思っていない。
「光さん、どういうこと?」
 困惑を隠さずにそう尋ねた宮沢と、驚いたような新美に男は納得したような声を出す。
「あぁ、そうか、君もわかってしまうのか。それもそうだな、貴方はそんな外見ではあるけども、『銀河鉄道の夜』の作者だった」
「みなみじゅうじ座? パパはそこで降りちゃうの?」
「そうだね」
「じゃあ、菜乃花もそこでおりる!」
 菜乃花の言葉に宮沢と高村、新美も動きを止めた。三人がどう止めようか考えている間に、男が口を開く。
「菜乃花、それはいけない。菜乃花は南十字座行きの切符を持っていないだろう? あそこはちゃんと切符を持ってる人しか降りられないんだ」
 そう優しく咎めた男に菜乃花はむっと頬を膨らませた。どうやら機嫌をまた損ねてしまったのもあるらしい。男が苦笑いして三人を見た。
 しばしの沈黙の後、男が言葉を紡ぎかけた時である。
「せこいわぁ、車掌さん、いつの間にそんなんもろたん?」
「今さっきだ」
「子供三人分の乗車券でもかなりお釣りがくるで。ネクタイも貰ってるし」
 そんな会話が聞こえて、五人は通路の先を見る。車両間の扉を開けて現れたのは車掌と整備士だ。他の乗客も彼らを見たからか、車掌はコホンとひとつ咳払いをしてから「切符を拝見」と乗客に声をかけた。
 次々と切符を確認していく車掌を残して、整備士は菜乃花達の場所までやってくる。
「お嬢ちゃん達、汽車の旅は楽しんではります? ……って、人増えてるやん。なんや、お嬢ちゃん達の知り合いか?」
 そう尋ねた整備士に、高村が「はい」と頷いた。
「じゃあ、探検はお預けやなぁ」
「たんけん!」
 その言葉に不機嫌そうだった菜乃花の機嫌はコロリと変わる。整備士は一つうなずいて、菜乃花と宮沢、新美を見た。
「ワシの仕事が落ち着いたことやし、普段みれへんとこまで案内したろと思ったんやけど……」
「整備士、邪魔だ」
 整備士を押しのけるように車掌が現れる。整備士は顔だけそちらに向けると、口を開いた。
「車掌さん、今、ワシ、デートのお誘い中なんですわ」
「仕事しろ、仕事」
「化け物のてんやわんやで切符確認忘れてた車掌さんがそれ言います?」
 どうやら痛いところを突かれたらしい。車掌は少し目を泳がせてから、一度咳払いをする。帽子をかぶり直した彼は「……切符を拝見」と口を開いた。
「っと、ここはアンタだけだな」
 車掌の言葉に男は切符を差し出して苦笑いをした。整備士は首を傾げる。
「そこのお兄サンは違うん?」
「あぁ、彼の乗車賃がコレだ」
 そう胸ポケットにしまってあるネクタイを指差した車掌に、遼ちゃんの! と菜乃花が指摘した。「ああ、あの人の名前はそう言うのか」と返事をした車掌に、整備士が頭をかいた。
「ははぁ、なんや、お兄サンはその子らを迎えにきたタチか」
「ええ、まぁ」
「でも、どこで降りるん? 南十字で降りるのはちょっと感心せえへんな」
「どうして? パパはそこでおりるよ」
 菜乃花が不思議そうに首をかしげる。整備士は困ったように頬をかいた。
「そこの人はともかく、お嬢ちゃん達が降りるにはまだ早いなぁ」

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