十一
弾き出されるように、といえばいいのだろうか。その紙から飛び出してきた四人の服はボロボロで、傷だらけだった。僕は目を見開いて彼らを見て唖然とする。それは僕だけでなく、按司くんや棋院くん、海野さんも立川さんも一緒だった。なぜなら、今まで彼らのそんな姿を見たことがなかったからだ。
「佐藤さん!」
佐藤先生に駆け寄った海野さんに、佐藤先生がどろりとした目で彼女をみた。頭を抱えた彼は何時もの様子ではない。それは佐藤先生だけじゃなかった。いつもなら帰ってきた時に中野状況を陽気に喋るオダサクさんは座り込んで動かないし、徳田先生も頭を抱えて何かをぶつぶつと言っている。堀先生が一人、困ったような、泣きそうな表情で周りを見ていた。
「おいおい、4分の3が耗弱以上かよ」
引きつった顔をした按司くんは初めて見る。棋院くんが徳田先生に肩を貸して立ち上がらせた。どうせ僕なんて、と呟いた徳田先生に、棋院くんが怒る。
「そんなことは言わないでくださいよ!」
「緊急事態だ、悪いな」
按司くんが軽々とオダサクさんを抱え上げる。そこでようやくオダサクさんが口を開いた。
「男にお姫様抱っこされるとか、ないわぁ」
「我慢しろ」
「はやく、医務室に」
海野さんは佐藤先生の手を引く。為すがままの三人はそのまま医務室に連れていかれた。
「とりあえず、堀先生も医務室に。話は立川さんと館長を交えてしましょう」
「は、はい、」
立川さんが「中野先生を呼んでくる」と言って部屋を出る。僕と堀先生は手紙をもって、医務室へむかった。
躊躇なく調速機を使い、文豪達――というか、オダサクさんを叩き起こした按司くんは流石というか。
「いつまで寝てんだ、オダサク」
頭を叩いて起こした按司くんは実に暴力的だ。頭をさすったオダサクさんは不満気に按司くんを見る。
「もうちょい優しくしてや、病み上がりやで。棋院みたいに優しく揺すりおこす、とか、海野さんみたいに、手繋ぐ、とかできひんの?」
その言葉に、棋院くんは苦笑いし、海野さんがバッと手を離した。徳田先生がやれやれという風に起き上がり、佐藤先生は安心させるように海野さんの頭を撫でる。按司くんがソレを見てまた口を開く。
「……俺がアイツらと同じことしてみろ、気持ち悪いだけだろ」
「それもそうやな」
「そこは否定するところじゃないのか? まぁ、元気なのは良いことだが」
医務室の主である森先生はそう告げてスラスラと医務日誌に文字を書き込んだ。控えめなノック音が聞こえる。扉の先にいたのは中野先生だ。立川さんに連れられてきた彼は僕達を見て安心したように息を吐いた。
「ここにいるってことは潜書が終わったんだね」
「――負けてね」
そう苦々しくつぶやいた徳田先生に中野先生は大きく目を見開く。彼だけでなく、そこにいた森先生も目を見開いた。
「お前達が負けると言うことは、今のところ勝てる相手はこの図書館にいなくなるな」
「……いや、アレはわしらが戸惑っただけや。次はもっとうまくやれるで」
「戸惑う?」
そう聞き返した棋院くんに、潜書をした先生達は黙る。佐藤先生がチラリと周りを見た。
「館長は?」
「何処かに出かけましたよ」
「ああ、館長なら荷風先生とパリの日本大使館を通して事の顛末を確認してるみたいだったよ」
「ならば、しばらく図書館には帰ってこないでしょうね」
「そう、ですか」
海野さんの言葉に堀先生がそっと息を吐く。四人の様子に棋院くんが少し眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「館長に宛てた手紙の中で何が?」
「――あの手紙の中、病院でした。かなり侵蝕が進んでいるのか、ほとんど『世界』が崩れ落ちていたせいで、一本道だったんです」
堀先生がそう告げる。按司くんが眉間に皺を寄せた。
「行き着いた先が、菜乃花の父親の病室だったのか?」
「え、」
按司くんの言葉に、立川さんが目を大きく見開く。
「菜乃花のお父さんと会えたって事?」
「ある意味ではね」
「ある意味ってどういうことだい?」
中野先生が疑わしげにそう尋ねた。堀先生が少し迷って、口を開く。
「菜乃花のお父さんが、侵蝕者だったんです」
「え?」
「正しくは、中にいるモノが『侵蝕者』へ変わり果てる過程を俺たちは見て、その侵蝕者と俺たちは交戦した、だな。――俺たちは菜乃花の父親が侵蝕者になっていく姿を見た、というのか――」
「――見てしまった、というべきなんか、わからへん。まぁ、その侵蝕者が強かったのもあんねんけど」
「ようするに、アンタ達はソレを見て戸惑って、その隙を突かれたわけだ」
按司くんがそう淡々と告げる。立川さんが戸惑ったように文豪達を見た。
「元に戻す方法はないの?」
「『手紙』を元に戻すなら、どの侵蝕者を倒すしかないだろ」
「でも、『侵蝕者』を元に戻せば、菜乃花も会えるかもしれないじゃない」
「何を言ってるんだい? 司書は潜書できないはずだろう?」
徳田先生がそう言って立川さんを見る。立川さんは首を振った。
「理論上は。でも、今、菜乃花が潜書してしまってるんです」
立川さんの言葉に四人と森先生は大きく目を見開いた。堀先生が立川さんに詰め寄るように身を乗り出す。
「それで、それで菜乃花は、菜乃花は帰ってきたんですか?」
「いえ、まだ潜書扱いに。高村先生と宮沢先生、新美先生が一緒ですが」
堀先生の問いに海野さんがそう説明する。
「どの本に?」
「もう一枚の手紙だ。菜乃花宛てのな。だから俺は言ったのに」
按司くんが腕を組んでそう告げた。
「ま、恐らくは大丈夫だと思うぜ。話を聞くに、アンタ達が潜書した世界とはまるっきり違ったからな」
「違った?」
「ああ、確かに。銀河鉄道だったし、そこまで侵蝕が進んでるようには見えなかったね」
「表面上はな」
按司くんがそう言って、手紙を一枚見せる。なのかさま、と書かれた手紙の半分は塗りつぶされたかのように黒い。ソレを見て掘先生達が眉間に皺を寄せた。佐藤先生が同じように眉間に皺を寄せて口を開く。
「生きている人が巻き込まれてるなら、そっちが先決じゃないか?」
「そもそも、どうやって確認したん?」
「海野の錬金術がそういうのなんだよ」
「あの扉か」
佐藤先生が小難しい顔をした。文豪達は「扉?」と首をかしげた。まぁ、普段海野さんの部屋に入らなければあんな扉があるとは思わないだろう。逆に、やはり会派筆頭で彼女の助手である彼は知ってるらしい。僕らの視線に佐藤先生は口を開く。
「司書が休みの日にそこから来ることもあれば、残って仕事した日は偶にそこから帰るときもあるからな」
「まぁ、基本的にアレは私の家とつなぐ扉ですからね。本――じゃなくて、手紙の中なんて初めてです」
肩をすくめた海野さんに、徳田先生が尋ねる。
「じゃあ、そこから僕達が行き来することは?」
「可能ですね。現に高村先生が扉から中に入りました」
「じゃ、まずはそっちやな。悪戯お嬢さんを迎えに――」
「ダメだ」
オダサクさんの言葉を遮るように首を横に振ったのは按司くんである。按司くんはすっと目を細めて四人を見た。
「アンタ達はこっちを先にどうにかしろ」
そう取り出したのは館長宛ての手紙だ。……僕のポケットに入れたはずなのに、いつの間に彼は取ったんだろうか。
「でも――」
「恐らく、この手紙にはどうして菜乃花の父親がそうなったのか、フランスの状況はどうなのかが書かれてる。こっちを優先しろ」
「でた、お司書はんの偶に出る命令口調」
「オダサクはわかってんだろ。俺がこういうときは事実しかいってない」
「そやけどなぁ……じゃあ、なんでお司書はんはそっちを優先したいん?」
「子供向けに優しく書かれた物語より、大人に向けて書かれた報告書の方が情報量は多い。海外、特にフランスは日本よりも侵蝕が進んでいるとされている。日本文学がフランス文学と同じ道を辿りたくなきゃ、こっちを先にしろ。子供に向けた手紙を侵蝕されたところで、大人は困らない」
「按司、そんな言い方ないだろ。もう一枚の手紙は菜乃花の大切な手紙なんだ」
棋院くんの言葉に、按司くんは息を吐く。
「ただの親からのな」
「『ただ』ってなんでそんな冷たいことが言えるの? 大切な家族だよ」
「今はな。あの年じゃ、何時か母親のことも父親のことも忘れる」
なぁ、海野。そう言って按司くんは海野さんを見た。海野さんはただただ目を伏せて我関せず、という風に口を開く。
「確かに、手紙が侵蝕されたほうが菜乃花は楽かもしれませんね。父親が死んだという事実に向き合うことない。本が侵蝕されて作者の記憶がなくなるのなら、恐らく手紙が侵蝕されれば、あの子から父親の記憶が消えるでしょう」
「遼ちゃんまでそんなこというの?」
眉尻を跳ね上げた立川さんに海野さんは「待たないで済みます」とただ一言告げた。
「ほらみろ」
「ひどい! 東さんや棋院も何か言って!」
立川さんの言葉に、棋院くんが少し声を荒らげる。
「俺たちが今こうやって喧嘩してること自体、時間の無駄だ。それに二枚とも、館長と菜乃花の大切なモノなんだ。侵蝕された方がいいとか、優先順位とか、そういうのはない。二枚とも浄化すれば良いだけの話じゃないか」
「あのな、棋院、これはそういう甘ったれた話じゃ――」
「按司、うるさい。……海野さん、もう一度手紙につなげることは?」
「……可能です」
棋院くんの質問に海野さんは彼を見てうなずいた。
「さっきの話だと、もう一人選書できるかもしれないって言ったけど」
「ええ。恐らくは。しかし、通常潜書は四人です。その定員を超えたとき、何があるかわからない。悪くて戻って来れない。それに車掌は満席だと言ってましたので、乗客としては難しいでしょうね」
「無理は利かないのかい? さっき、海野さんが渡した物は車掌はお釣りが来るって言っていたけど」
「そこは交渉次第でしょう。――四人を?」
「いいや、堀先生だけだ。堀先生と中野先生を入れ替えてね」
棋院くんはそう言って堀先生と中野先生に「構いませんね?」と尋ねる。
「僕は構わないよ。菜乃花ちゃんの会派だから、辰が行くべきだと思うし」
「しげじ、ありがとう」
「気にしないで。でも、僕と辰を入れ替えたところで大丈夫かな?」
中野先生の言葉に、棋院くんは按司くんをみた。按司くんはやれやれという風に肩をすくめる。
「仕方ない、作戦を考案してやろう」
「ありがとう」
「海野の扉を借りて、その侵蝕者に奇襲する。そうすれば手前にいる侵蝕者達と交戦もせず、余計な体力も使わずにできる」
按司くんの言葉に、徳田先生が首をかしげた。
「できるの? そんなこと」
「恐らくは可能です。しかし、確認したいことが。その部屋の出入り口はいくつですか」
「一つだけでした、病院の病室だから、出入り口が一つ」
「――いや、出入りできるのは二つだ」
堀先生の言葉を否定するように佐藤先生が首を振る。
「二つ?」
「病室の窓が大きかった。恐らくはそこからも入れる」
「なるほど。配置は覚えてますか?」
「ああ」
「ならば、窓につなぎましょうか。どうでしょうか?」
「ま、スムーズに特攻できればどっちでも構わないぜ」
按司くんはそう言って時計を見た。時計は午後三時を少し過ぎたところを指している。
「あと一時間くらいで館長が帰ってくるからな、早めにけりをつけた方が良い」
45
prev|INDEX|next