十二



 小さなボックス席で、高村はその男と向き合っていた。整備士と一緒に探検に出かけた三人を見送り、この柔らかく笑みを浮かべた男と話そうとしたのである。窓の外は相も変わらず宝石を散りばめたのように美しい。現実離れした世界だ。いや、事実、この世界は現実ではないのだけれど。
「貴方は」
 そう切り出した高村に、男は窓の外から高村を見た。
「貴方は亡くなったんですね」
「ああ、そうだ、おそらくは」
「おそらくは?」
「手紙が菜乃花の元に着いたということはそうなんだろう」
 そう困ったように告げた男に、高村は彼を見つめた。男はまた窓の外を見つめたけれど。
「あと数ヶ月しか生きられないと聞いたときに、手紙を書いた。兄弟に向けて、事の顛末を全て記した手紙を。娘宛にも書かなければいけないとは思っていたけれど、どう伝えるかどうか、悩んだんだ、とても。大人に向けてはありのままの事実を書けば良い。でも、菜乃花にむけてありのままは理解が難しい」
「だから、賢治さんの作品を引用した?」
「その通り。――お父さんは、今銀河鉄道に乗っていますってね」
 照れくさそうに男は笑う。そして、不思議そうに首をかしげた。
「貴方はどうして俺がフランスに行ったと?」
「菜乃花の母親を連れ戻しに行ったと菜乃花からは聞いていましたが、フランスだと知ったのは手紙の差出人を見て。菜乃花の母親は?」
「会わせない方が良い。――いや、もう会えないのかもしれないが」
 そうそっと目を伏せた男に、高村は首をかしげる。
「あの子の母親は、フランスの日本大使の娘でね。それでいて、優秀な錬金術師でもあった。日本には研修に来ていて、俺はそのときの同僚だったというわけだ」
「その研修が終わって彼女はフランスに?」
「ああ。研修期間は五年。その間に俺たちは恋に落ち――菜乃花が生まれた。本国に菜乃花を連れて帰ることはできないからと彼女が言ったから、俺が引き取ったんだ。俺ではなく、妻に似た可愛らしい子供だろう?」
「貴方にも似ていますよ、口元とか」
 高村の言葉に、男は少し目を見開いて、ありがとう、とわらった。
「俺も菜乃花も、何時か彼女と会えると信じていたし、いつか三人で暮らせると疑わなかった。だから、兄弟の誘いを断って彼女を迎えにフランスに行った」
「――向こうで何が?」
「あの人は、向こうに夫がいた」
 つぶやくように男がそう告げる。高村は眉間に皺を寄せた。
「俺は日本での遊び相手でしかなかったわけだ。その夫も優秀な錬金術師だった。だから、彼女は菜乃花を、俺をおいていった。知ったとき、どうすれば良いかわからなかった。ショックで何日も寝込んだよ。だから体調を崩したんだと思っていたんだが――」
 男はそっと目を細める。
「同僚達が色々教えてくれてね」
「いろいろ?」
「ああ、色々だ。妻はあっけなく捕まったよ。子供向けの話で書くことではないから、言わないけれど」
 そう苦笑いした男は窓の外へと視線を移す。
「本当、病床で色々考えたよ。とても、とても。恥ずかしい話、妻に似た娘を怨んだり、妻の夫である男を妬んだりもした。娘が母親が恋しいとなかなければ俺は日本にいたのに、とか、あの男がいなければこうはならなかったはずだ、とかね」
「そんな……」
「でも、二人を怨んだって仕方がないし、妬んだってしかたがない。原因についても考えてみたけれど、それは間違いなく俺と妻であってあの子じゃない。でも、それに気づくのに何日も時間がかかって――やっとだよ、娘宛の手紙をかけたのは」
「そうだったんですか、」
「ああ。まぁ、でも立ち直ったのは同僚達のおかげかな。同僚達は日本に帰れると常に言ってくれた。娘が待っているから、君は本国に帰るんだってね。でも、俺は帰れなかった」
「――恐らく、その同僚が貴方の手紙を送ってくれました。サン=テグジュペリさんから」
「ああ、同僚に一人だよ。相変わらず良い奴だな、アイツは。彼は、君たちと同じような存在なんだけど、妙に気があったというか」
「僕達と同じ存在?」
「ああ、そうだ。俺が向こうに行ったとき、あまりに侵蝕が進んでいたものだから有魂書をさがしだして、呼び出した。兄弟と一緒に研究はしていたから。星の王子さまって知ってるかい? 彼はそのエクリヴァン――作者なんだけど、パイロットなんだ」
 男はそう言って笑った。ケラケラと、子供のように。そして、目に優しさを滲ませて高村に尋ねた。
「菜乃花は元気に過ごしているかい?」
「ええ、毎日遊んだり悪戯をしたり、文豪や司書たちをそれはもう振り回して」
「ははは、そうだろう、あの子は昔からやんちゃだったから、俺の手帳に何度も落書きをされたよ。同僚達はソレを酷く気に入っていた」
「手帳?」
「司書達や兄弟はもっていないかい? 自分の研究なんかを書き留める手帳さ。昔から錬金術師はそこに膨大な知識や資料なんかを書き留めて――自ら潜書をしてその知識を取り出したとされている。文豪やエクリヴァンが本に潜書が出来るのは似たような物だからだろう」
「では、本に司書も潜書できると?」
「その答えはノンに近い。本は本であり、錬金術師の作った手帳ではない。よっぽどの適正や、特殊な力の補助がない限り本の世界に生きた人間や錬金術師が入ることは出来ない」
「では、この手紙に菜乃花が入れたのは」
「『手帳』と同意義だからだ。俺があの子に向けて、あの子が知って良いことを詰め込んで作ったあの子のための『物語』だからだ」
 男はそう笑った。
「こういうかたちなら、今は理解できなくても、いつかは理解できるだろう? まぁ、本と同じような物だから、貴方達も出入りが出来るし、やっかいな物も送り込まれたら住み着いてしまうんだけどな」
 ――やっかいな物?
 高村がそう聞き返す前に、ガタン! とどこからか大きな音がした。なんだなんだと慌てる周りに、高村も立ち上がり周りを見渡す。男は窓の外の景色を見た。青い線を引いて、流星が流れていく。
「――あの子はとにかく、兄弟は真実に耐えられるんだろうか」
 つぶやくように告げた男に、高村は男を見下ろした。

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