十四
「繋ぎませませ、道祖の神よ、那由多の先とは言わずとも、かの銀河鉄道に繋ぎませ」
菜乃花宛ての手紙を扉に押しつけて告げた海野さんに、また表示がカチリカチリと変わる。しかし、今度は、銀河鉄道、と書かれたプレートで止まらず最後尾車両という表示で止まった。
「ねぇ、これどうなってるの」
徳田先生が眉間に皺を寄せて告げた。その問いに僕は「海野さんの錬金術です」としか答えられないのだけれど。
扉を開けたその先はがらんとした電車の中だった。先ほどとは違い、レトロな木製の社内がよく見える。カツカツと走りながらやって来て顔を覗かせたのは車掌さんと――オダサクさんだ。
「アンタ、また来たのか! 今は危ないから、取り引きはナシだ!」
「こんな事態やなかったら、物もらったりとかすんねんけどなぁ」
「おい、整備士」
「はいはい、」
そう肩をすくめたオダサクさん――どうやら彼は整備士らしい――に、棋院くんが口を開く。
「車掌さん、もう一人乗車を頼みたいのですが」
「無理だ。座席は埋まっているし、そんな状況じゃない」
そう断った車掌さんをよそに、バタバタとかけてくる音がする。顔を覗かせたのは宮沢先生と新美先生だ。
「棋院さん? これどうなってるの?」
「宮沢先生! 菜乃花は」
「無事だよ、お父さんと一緒にいる」
宮沢先生はそう言って奥を見る。その言葉を聞いて、僕らは固まった。コツコツと靴の音が響く。奥から現れたその人物に、徳田先生や堀先生、自分と同じ人物が現れてとっさに隠れたオダサクさん、佐藤先生が息を飲んだ。館長によく似たその人物は菜乃花を抱き上げている。その姿を僕は知っていた。何時か見た菜乃花の父親そのものだからだ。棋院くんが彼に尋ねる。
「――貴方は、菜乃花の父親ですか?」
「いかにも」
そう微笑んで見せた男性からは敵意を感じない。後ろから現れた高村先生が目を瞬いた。男は高村さんを見て、「これが特殊な力の一例かな」と肩をすくめる。そうして、僕らを見た。
「見たところ、君たちはエクリヴァンとビブリオテケールのようだ」
「えくり――?」
困惑したような立川さんに、按司くんが補足するように口を開く。
「俺たちの言う『文豪』と『特務司書』のことだ」
「ええ、その通りです」
棋院くんはしっかりとうなずいた。彼は僕らを見回してから、棋院くんを見る。
「この汽車に君たちで言う『侵蝕者』が現れてしまってね、手を借りたい」
「おい、アンタ、勝手に乗客を増やすんじゃない。もうこの列車は満席だ」
「車掌さん、今、緊急事態やで? そんなこと言ってる暇ないんちゃう? 退治してくれるんやし」
「あのな、整備士、緊急事態が収まったあと、困るのは俺たちだぞ」
「え? ワシ今なんも言ってへんけど」
「は?」
二人の間で数秒の沈黙が訪れる。僕はチラリとオダサクさんが隠れた場所を見た。そこから顔を覗かせたオダサクさんは悪戯が成功した子供みたいな顔をする。なるほど、彼が言ったらしい。僕は少し考えて、車掌に向かって声をかけた。
「満員なら、交換はどうですか」
「交換?」
「ああ、それはいいね。例えば、この子をここで下ろしてしまう、とか」
「ソレはおすすめできません。入り口と出口が違えば、菜乃花に何か起こるかもしれない」
「いいや、大丈夫だ。君たち司書が手を引いてくれるのなら」
「――でも」
海野さんが眉尻を下げる。ソレを見た男は「大丈夫だ」と安心させるように告げた。
「この手紙がなくならなければ、なんとかなる。もう一度潜書してもらってきちんと帰ることもできるさ……さぁ、菜乃花、降りるんだ」
男性は菜乃花に向かってそう告げる。その言葉に、菜乃花は目を見開いて首を左右に振った。
「やだ、まだパパといる!」
「菜乃花、此処は危ないよ。また今度遊びにおいで」
「やだ、菜乃花も降りるなら、パパも降りて!」
菜乃花の言葉に、男性は棋院くんを見た。
「菜乃花を」
「……わかりました」
そっと手を伸ばした棋院くんに、イヤだと菜乃花が体をねじらせる。菜乃花、と困ったように棋院くんが告げ、男性も困ったように菜乃花を見た。
「やだ! せっかくあえたんだもん! もっといっしょにいる!」
「菜乃花」
按司くんが眉間に皺を寄せて、菜乃花に近づくと――こてん、と菜乃花は力をなくした。
「君、今、何したんだい?」
「眠らせただけだ」
そう言って軽々と菜乃花を抱えた按司くんはこちら側に菜乃花を下ろす。菜乃花が握りしめた男性の服がまるでガラスに阻まれるように折れ曲がり、手から外れた。その様子に高村先生が不思議に思ってそっとこちらに手を伸ばす。見えないガラスがあるかのように、ぺたりと手が止まった。
「君たちはいつも通り、正しい出口からじゃないとでられないだろうね」
男性はそう言って菜乃花から目を離す。事の成り行きを静かに見送っていた車掌は口を開いた。
「で、誰が代わりに乗るんだ」
「僕が乗ります」
堀先生が車掌にそう言う。
「乗務員?」
「乗務員さんのソックリさんだよ、車掌さん。驚いた?」
そう後ろから告げた新美先生に宮沢先生が「たっちゃんさんも、あの化け物を退治できるんです!」とつげる。車掌は納得したように堀先生を見た。
「そうか、それなら、乗ってくれ。今、車内は緊急事態なんだ」
「先の車両に化け物が出てん、どうにかせなこの汽車ごとおだぶつや」
整備士がそう言って恐らく先の方を見る。ガシャン! という音と、逃げ惑うような人の声が聞こえる。
「ここは早く閉めた方が良い。降りれないだろうが、客が降りようとするからな。アンタは早く乗ってくれ」
車掌さんの言葉に堀先生が汽車に乗り込んだ。男性が菜乃花を見下ろして、手を伸ばし――それは壁に阻まれるようにとまる。ごめんな、と謝った彼は何に対しての謝罪をしたのだろうか。扉を閉める手前、車掌は海野さんを手招くと小声で喋りかけた。
「この子達の働きとあの乗車賃ではお釣りが出るからな、桜木下でそのお嬢さんとまっててくれ。できる限りのことはやる」
「ありがとうございます」
海野さんの言葉に、彼は何か驚く。整備士が隣からやって来て、車掌を小突いた。
「この非常事態にデートのお誘いとか、やるやん」
「ぬかせ、いくぞ、整備士」
海野さんは扉を閉める。男性が扉が閉まるその瞬間まで、悲しそうな顔で菜乃花を見ていた。扉が閉まったことを確認して、佐藤先生とオダサクさんが机の影から現れる。徳田先生が首をかしげた。
「どういうこと?」
「遼ちゃん、あの車掌さんの佐藤先生とデートするの?」
「デートではないですよ。まぁ、解決してからのお楽しみです。館長もその頃には帰ってくるでしょうし」
海野さんはそう言って扉を見た。プレートの表示がまた無地に戻っている。按司くんがやれやれという風に口を開いた。
「さて、コイツの仕事が増えたところで、奇襲作戦に移るか」
その言葉に、和やかだった雰囲気がピリッとした緊張感を含んだ空気に変わる。文豪達は本を握って、眉間に皺を寄せた。海野さんが扉にもう一枚の手紙を押しつけて言葉を紡ぐ。
「繋ぎませませ、道祖の神よ、那由多の先とは言わずとも、かの病室窓に繋ぎませ」
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